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たまご

(小さな賞をいただき、とある同人誌に掲載していただいた作品です)

 温度三十七度、湿度七十%で、四時間ごとの転卵。発泡スチロールに、電気あんかと湿らせたスポンジを入れただけの簡易な人工孵卵機の中で、いとおしげに見切り 品のウズラの卵を温める私を見て、夫は「とうとう妻は おかしくなったのだ」と思ったに違いない。
 二十個に一個、二パックに一つの確率で、有精卵が混 じっており、雛が孵るという。

 実を言うと、子宮を思い、子供を持つことができないという現実をどうしても受け止められなかったのだ。縁 があり、結婚して、人並みに幸せな人生を送っていたはずだったけれど、私は子供が作れない。 婦人科医には「どうしてもというなら、人工授精を試してみては」と勧められていたが、私が「今日病院でね・・・・」 と言うや否や、夫はまたその話かと言わんばかりの顔を するので、未だに話すことができずにいた。酷く惨めな気分であった。夫にしてみれば、男性である自分にはありもしない臓器のことを、まして決して明るくない話題を、毎月毎月話されることに辟易していたのだろう。その気持ちも分からなくはなかったが、私はそれがどうに も寂しくて、時折ケンカのきっかけになることもあり、ただただ健康な子宮を持って生まれていたら…と枕を 濡らした夜が幾度となくあった。

 妊娠どころか、夫婦生活すらも制限されていて、 元々 夜勤の夫と日勤の私は週に一度会えるかどうかということもざらにあり、ますます心の距離が離れてしまうよう で、やり場のない焦りと悲しみで押し潰される日々であ った。 追い討ちをかけるように、気休めのホルモン治療 の副作用で気持ちが沈み、荒んだ日も多分にあるので、 私は本当におかしくなっていたのかもしれない。

 とどのつまり、私は自力で子供を作ろうとしていた。 かくして、順調に行けば、二十日程で卵は孵る。 二十日経っても産まれないものは、ほぼ例外なく無精卵である。 私は幾度となく卵を温めては、望んだものが産まれてこないことを悲しんだ。

 こんな親鳥の紛いものみたいな私にも、一丁前に生活 はあるので、卵を温めては仕事へ向かい、後ろ暗い素振りを見せることなく、同僚と人並みに冗談も言い合ったりして、家に戻れば夫の帰りを待ちながら食事の仕度や家事をこなし、気分が良ければ鼻唄なんかも歌ったりした。

 それでも、心の奥底にある、僻みにも似たどろりとした気持ちは増すばかりで、良くも悪くも、こんな生活を 半年以上も続けることとなる。

 卵さえ孵れば、私は持て余した愛情を注ぐ対象を得ら れると思っていた。愛くるしい雛を見れば、元来可愛い物好きの夫との心の距離も縮まるだろう。何よりも、私自身の今にも枯れそうな、脆い母性が潤うだろうと思ったのだ。

 すがるような思いで卵を温める内に、私は検卵ができるようになった。三日以上温めた有精卵には、血管が発 生するため、暗い部屋で卵に懐中電灯を当てると、中身 が真っ赤に透けて見えるのだ。

 もはや何パック目の何十個目の卵なのかも分からなくなり、半ば自棄になりかけていた頃だった。たった一つ、 たった一つだけ。とうとう、真っ赤に透ける卵があったのだ。

 私は卵を冷やさないように丁寧に温かい孵卵器の中へ 戻してから、声を上げて泣いた。嬉しかった。ようやく報われたのだ。

 運の良いことに、卵は順調に育ち、やがて雛が孵った。私は名前をつけ、それはそれは可愛がった。

 ウズラも私に非常になつき、私が姿を見せないと寂しがって夜鳴きをする程になった。そんな時、私は眠い目を擦り寝床を出て、ウズラの気の済むまで、抱いてや るのだった。するとウズラもまた、安心したように、私の腕の中であどけない寝顔を見せるのだった。

 たまさかに、夫がウズラをあやすこともあった。私が 毎日のように、夜な夜な寝床を抜け出すので、寝不足により体を壊すのを心配していたようだ。こうして、思わぬ形で夫の愛情を再確認することもあり、気分を良くした私は緩頼しつつ、いそいそと温かい寝床に戻ることもあった。

 私はようやっと、望んだものを手に入れたのだった。 ところが、ニ年半程経ったある日のこと、さして面白く もない外出先から戻り、「ただいま」のついでにウズラの名を呼ぶと、どういうわけか、返事がなかった。ケージ 近寄り、抱き上げると、ウズラは目を閉じたまま冷たくなっていた。

 私は何度も何度もウズラの名前を呼んだ。 何度も何度も、何度も何度も呼んだ。 必ず目を覚ますはずだと思った。 少し眠っているだけなのだと信じたかった。

 なぜ目を覚ましてくれないだろうと思う反面、やるべきことはやっていたらしく、ウズラはいつの間にか火葬を済ませ、骨になって手元に戻ってきた。 小さな骨壷の中で、嘘みたいに真っ白な骨まで、いとおしかった。

 ここまでくると、物分りの悪い私の悩みそも、とうとう愛しのウズラの死というものを受け入れ始め、涙腺から止めどなく液体を流すことを許した。 呼吸もできない 程に喉を震わせながら、私は束の間、夢を見させてくれ ウズラに心から感謝していた。例え種族は違えど、寂しい母性が満たされ、心から必要とされる、唯一無二の 母たる存在になれたのだ。

 もしも、生まれ変われたならば、できれば今度はお腹 の中に宿って欲しいとすら思った。

 ウズラを失ってから、私はまた狂ったように卵を温める日常に戻っていた。ところが、どういうわけか、いくつ温めても、今現在に至るまで有精卵には巡り会えないのだ。

 ウズラの骨壷にすがって泣く私に、夫が「気持ちは分かるけど、やり過ぎじゃないかな」と哀れみを込めた声を吐いたので、それっきり卵を温めることを止めたのだった。 ウズラを失った今、もしも夫まで失ってしまったら、私はいよいよ耐えられなくなってしまう。 それだけは避けなければならなかった。

 ウズラもウズラで、存外薄情なもので、それっきり、 夢枕に立ちもしないのだった。