タナカチャレンジ
自分の「みほ」という名前が好きだ。
やわらかい名前がいいとつけてくれたこの名前は、名前の最後の母音がoで終わるからか、空気と一緒に気も抜ける感じがする。ちょっと間抜けでなんだか自分に合っていると思う。
自分でも信じがたいのだけど、丁度ひと月前ぐらいはオランダのアムステルダムにいた。
4人旅行ではあったけど、旅先は基本それぞれが行きたいところにいくという感じの自由な旅行だったので、アムステルダムでもそれぞれが行きたい本屋や古着屋、美術館などをふらついていた。
その日は朝からみんなで中心街に出向き、早速解散して行きたいお店に散らばった。
私は本屋や雑貨屋、古着屋を回っていたのだけど、歩きなれない土地と魅力的すぎる街の雰囲気にヘトヘトになってしまい、とにかく空腹になっていた。
そんなタイミングで、友達から何か食べようと連絡が来た。
周辺のお店を検索するとやたらと評価が高いテイクアウト専門のポテト屋が出てきたので、そこに行くことにした。お店の周辺に行くと、やっぱり人気なお店だったようで長蛇の列ができていて、列を整備するスタッフまでいた。
ちょっと気が引けたが、並んで食べるポテトはどんなものなのか気になったので大人しく並ぶことにした。意外と回転が早く、5分ほどで店内にありつけて注文をした。
出来上がったら名前を呼ぶから、名前を教えてと言われたので「みほ」と伝えて外の待機場所へ向かった。
しばらくすると店内から「ニコォオオ」という声が響いてくる。多分私だろうなと思い店内へ向かおうとしたら、すかさず外にいる整備のスタッフが、「ニコォオオ!!ニコラアアス!!」と叫び始めた。
違うよ〜と内心ぼやきながら店に入り、笑顔で「イエス、ニコラス」と言うと、なんだか怪訝な顔をされたが、無事熱々のポテトを受け取れた。トリュフマヨネーズとチェダーチーズがたっぷりかかったそれは、もうたまらなく美味しかった。友達と目が合い、絶対にまた来ようと言いあった。
夜、宿に帰ってなんとなく「ニコラス 名前」と検索してみるとヨーロッパの男性の名前らしかった。
そして2日後、きちんとポテト屋に向かった。
ニコラスの件があったので、ミホではなく違う名前で挑もうと考えた末に、仲の良い友達の名前を勝手に拝借し「リサ」で行くことに決めた。新しい名前とともに勇んでポテト屋にいき、今度は辛いマヨネーズとパルメザンチーズのトッピングを注文した。
外で待機していると、「リサアアアア」と呼ばれたので引き取りに行こうとすると、何故か私の後に注文した人が引き取りにいった。そして私が頼んだ辛いマヨネーズとパルメザンチーズのトッピングが乗ったポテトを「?」という顔をしながら持ってきた。
少しして「エリーーーザアアア」と呼ばれて、思わず「リサ」の部分に反応して取りに行こうとしたが、踏みとどまると何故かまた私の後に注文した人が引き取りにいった。
また少しすると「アリッサアアアア」と呼ばれた。多分最初に呼ばれた「リサ」で引き取りにいった人はアリッサだったのだろう。仕方がなく引き取りにいくと、やっぱり私が注文したものと違うトッピングが乗ったポテトを渡された。十分美味しそうだったけど、辛いマヨも食べたかったので、事情を説明すると爽やかな店員さんが辛いマヨもたっぷりかけて渡してくれた。これもまた当然のように美味しかった。
リサ、エリーザ、アリッサ…。絶対大丈夫と思ってリサを名乗ったが、大きな間違いだった。リサ系の名前にこんなにバリエーションがあったなんて。自分のちっぽけさをオランダのポテト屋で痛感した。
次から海外で名前を言う機会があれば、私はお気に入りの名前を捨て、女の子らしい可愛い名前も諦めて日本人らしく、海外では被ることのないであろう「タナカ」になろうと心に決めた。早くタナカチャレジがしたくてたまらない。