見出し画像

今、何歳の私が声をあげているか

私の記憶は3歳から始まっている。自分の意識が目覚めた瞬間をはっきりと覚えている。当時住んでた家の、茶の間の畳にべたっと俯せになっていて、顔を上げると父のスーツが仕舞われているワードローブがあった。外は明るい。たぶん初夏。そこから父、母、兄の家族が登場し、彼らの名前、兄は五つ上、などの家族プロフィールを知っていく過程もなんとなく覚えている。兄のことは1〜2年は呼び捨てで呼んでいた。母の真似のつもりだった。”兄”のことは一般的に「にいさん」や「おにいちゃん」と呼ぶものだとだんだんわかっていったのは後になってからだった。

私は今31歳で、3歳から31歳の私が内に生きている感覚がある。たとえば街中で小さい子どもを見かけて、かわいいなぁと自然と頬が緩むようになったのは30歳以降の私だ。友人がベビーラッシュだったため、子どもへの眼差しはだいぶ変わった。20代までは、意思疎通の取れない生き物としか思えず苦手だった。

他にも、コンビニやスーパーの食玩コーナーで屈んでいるのは小学生の私。少年漫画を読んでワクワクしているのは中高生の私で、泣いているのは今の私。会ったばかりの人から容姿を褒められて喜んでいるのは20代の私で、「会って間も無い相手の容姿を抵抗なくジャッジする発言はどうなんだ…」と内でゲンナリしてるのは30歳以降の私。職場で先輩上司に挨拶しても無反応だったときに、疲れてそうだし仕方ないかーとスルーするのは今の私で、挨拶くらい返せや!!と胸ぐら掴みかかってるのは20代後半の私。

どの私も等しく私で、蔑ろにできない存在としてずっとある。

ところで今年からダンスを習い始めた。

去年の2月にEXILEにハマったことがきっかけだ。7月にBATTLE OF TOKYO、9月に三代目、11月にはGENERATIONSとFANTASTICSのライブに足を運んだ。それら参戦したライブのBlu-rayは予約済だ。EXILEやRAMPAGEの過去のライブ DVDも買った。2019年は、ヒーローに憧れるような思いで彼らのダンスに夢中だった。「世界さんのダンスマジやばい!裕太くんもやばい!クランプかっけー!ダンスかっけー!やってみたい!」と叫んでいたのは10代の私だ。31歳の私しかいなかったら、習っていなかったと思う。だってダンスなんて未経験だし、運動得意じゃないし、30過ぎて、若い子に混ざって習うのは勇気いるし…って。そんな”やらない理由”の数々を、10代の私が容易く撥ね除けてくれた。「あんなかっこいい人たち見させられてこっちも踊らずにいられないじゃん!!」のシンプルな一言で。31歳の私はダンスを習う時間もお金も工面できたので、10代の私を教室に通わせることができた。おかげで週に一度の教室がとても楽しみになり、家でもストレッチやステップの練習をしたりと生活にハリを生んでくれている。

このことを期に、「今やっていることは何歳の私が喜ぶことか?」を少し意識するようになった。併せて「将来の私を喜ばせるために何をしておくか」の意識も生まれた。3歳〜31歳の私は、なんらかの選択を迫られたり、ものごとを受け止めて解釈する際の参考人たちだ。今後も年々増えていく。何歳の私が一番声を張っているかは、その時々できっと変わる。でも多感でストレートな10代は一番元気でいさせたいなぁ。

過去の私が今の私を引き上げてくれる。過去の私の願いを聞いてあげられるのは、今その時の私しかいないのだ。