たった1夜、されど1夜
たった1夜だけ過ごした男の子がいた。
努力していた全ての出来事に絶望した夜、誰かしらにわたしを求めてほしいという欲求からマッチングアプリを入れた。よりによって、1番チャラいマッチングアプリを入れた。
案の定凄い数のlikeが来た。家の近くの人ばかりlikeしたが、そのうちの1人がとにかく返信が早かった。
流石に絶望の夜に人に会う気にはなれず、電話だけすることにしたのだが、これがとっても楽しかった。日付をまたぐ頃に電話を始め、5時間ほど電話して、明け方に寝た。
夢かと思って目が覚めると、「昨日はありがとう。楽しかった。よかったら今度会いたい」と連絡が来ていた。
現実だったみたいで胸が高鳴った。
顔も知らない、苗字も知らない。何処の馬の骨かもわからないとはこのことで、それでもたった5時間で彼を充分信頼できると判断した。
バイト終わりに会うことにした、それも24時過ぎだからちょっとしか無理だけどと言うと、それでいいと言われた。
コンビニで待ち合わせすると、お腹空いた、食べ物買うと彼が言うので着いて行くと、酒類のコーナーで「何飲む?」と言われたので缶チューハイを2缶買って、彼の家に着いて行った。
「何もしないよ?」とずっと言っていたわたしに、「うん、楽しく飲もうよ。」と彼が言った。
1時間話すとお酒がなくなり、次に買いに行った時はビニール袋いっぱい分のお酒を買って、沢山話してたくさん飲んだ。
初対面の人とはしないような、誰にも話さないような話を、わたしは話した。話したくても知り合いには何故か話しにくいと感じるような話とか、気を遣って普段はできない退屈な話とか、ふと今思いついたこと全部話した。
わたしのことを何も知らない彼にだからできる話だった。
そのうち彼は寒くない?こっちおいでよ、とベッドに入っていた。
「んー、いいかな」と何度も言ったが、彼が「俺勝手に寝るよ」と言うので、ベッドに入った。
まだこの居心地の良い時間を終わらせたくなかった。もちろん、何もしない前提でベッドに入った。
しかし、思った以上に居心地がよかった。彼の肩に頭を乗せて、手を繋ぎ、
「めっちゃ心臓鳴ってる」「うん、わたしも。」
と言って、2人で雨の音を聴いた。
「雨の音聞こえるね」「2人で雨の音を聴くってロマンチックだね」と囁いた。
特別な、甘く、作り物のような時間が過ぎた。
気がつくと2人とも寝ていて、起きたら昼だった。そこから夕方までダラダラして、彼が出かけると言うので家を出た。
雨上がりの空気は清々しかった。学校帰りの小学生たちと並んで歩くのは罪悪感を感じたが、心は満ち足りていた。
彼とはそれ以来連絡すらもとっていない。
でも、あの夜があったから乗り越えられた日があった。文字通り同じベッドで寝ただけだったが、確かに私たちはつながった。
きっとわたしはあの夜を忘れない。
あのたった一夜が、わたしにとって支えになったときが、少なくとも確かにあったから。
どうか元気でいて欲しい。彼が楽しく大学生活を送れていますように。と同じ大学に通いながら、帰り道の坂の途中でたまに思うのだった。