100日後に30歳になる日記(12)
日記、書いていて楽しくない。
noteには数多の文章がひしめきあっていて、中でも日記は群を抜いて多い。私は人の日記を読むのが好きだ。特に女。野郎の生活の一端を覗いたところで何が楽しいってんだい。やっぱ女、ハンドルネームは本名を悟らせないような単語ひとつ(「昨夜」とか「加湿」)で、プロフィール文が簡素で意味深なやつ――「気がふれるような悲しみに」とか「黄色が好き」とかそういう風の。毎日投稿をしているとなおいい。タイトルは簡潔に年月日のみ。フォロー数が一桁でフォロワーが二桁くらいの、そういう女。そんなのを見つけたらもう興奮ものだ。
さっそく最新記事を読む。なんてことはない毎日の一コマをつづっている。朝に食べたごはんや髪の毛の調子、お仕事に行って感じたこと、家に帰って作った夕飯、それから見たテレビや読んだ本の感想。誰に向けて書いているのかわからない、ヤマもオチもない日記。オチくらいつけろよ。しかしその文章が女の手によって成ったと思うと私はもうたまらない。たまらず過去記事を漁る。そうして出くわす。日曜日の記事。恋人が先に起きててコーヒーを入れてくれていた、とかそういう文言。そこで冷める。はいはい。そっち側ね。孤独じゃない側。
念のため土曜日も読む。やっぱり恋人のことを書いてある。けれど肝心のデート後の夜のシーンを書いていない。ごまかすなよ。ごまかすな。そこがいちばん大事だろうが。デートで食った飯なんかどうでもいいんだよ。行った場所の風景なんか見たかねぇんだ。デート後の二人を覗き見したいわけ。文章越しに混ざりたいわけ。わかる?
日記なんてものは、毎日が楽しくないと楽しく書けない。そういうものだと思う。楽しすぎても書けないというのはそれはそうなのだけど、今はそんな話をしているんじゃない。わかる? それくらいわかれよ。
恋人や配偶者や子どもがいて、日常茶飯に彩りがあって、職場や学校でも人間関係に恵まれていて、はじめて日記を書くのが楽しくなるわけ。毎日投稿とかができるわけ。それにひきかえ私はどうだ? 30歳になる100日前からぼちぼちと日記をnoteでつけはじめた。けれど、それが、楽しくない。そりゃあそうだ。楽しくなかった一日をいくら反芻したところで楽しくないのに変わりはない。毎日投稿している彼氏持ちの女は楽しそうに書いているからそれを真似て書いてみたら楽しい気分になるかな~なんて楽観的に始めたけれど、もうはや飽きている。つらい。形だけ真似ても内実が伴っていないから。毎日が楽しくないから。俺が一人ぼっちだから。仕事の日は起床労働睡眠で終わり、休みの日はどこか外に食べに行くとしてもすき家くらいしかないから。映えないから。もちろん、一日を事細かに書くことはできる。けれどまさかこんな全世界に向けて、今朝起き抜けにムラムラしたからシコったとは書けない。そういう明け透けな文章は書くに堪えない。私は品のない文章を書きたくないので。育ちの良さが出ちゃった。出たのはそれだけですか? 黙れ。
ともあれ書いていて楽しくない文章なんてものは、読んでも楽しくないのだ。どうせ書くなら楽しく書きたい。楽しく読まれたい。俺のほうはこんな調子、お前は? とパスを投げたい。一人で完結できるタイプの人間ならばSNSをやってはいない。紙の日記帳でも満足しているはずだ。満足できなかったから、こんなnoteなどというネットの僻地にいるんじゃないか? しかしこんな僻地でも、溌溂と楽しげに毎日をつづっている輩ばかりで、それがとても憎い。
このインターネットの掃き溜めに、私は他人の孤独を求めに来たのだ。一人でいたい・一人はイヤだ、その二つの感情の間を行き来する、不完全な孤独を探しに来たのだ。どこか私の知らない場所で、私のように諦念と期待を抱えている人間はいないだろうか。ここではないどこかに。しかしフタを開けてみれば、期待ばかりに満ちあふれた人間たちの、賛歌じみた日記で溢れている。へっ。クソくらえだそんなもの。そう吐き捨てて、楽しくない文章を書く。読み返しても楽しくない。他人が読んでもそうだろう。俺の人生なんてそんなものさ。そう毒づく。文章なんていつだって等身大でしか書けない。
私の毎日には諦念しかない。それは日を追うごとに大きくなる。親が死んだら、その喪主を務めて、それから後を追おうと思う。今の目標というか期待はそれくらいで、不孝なことこの上ない。いかに毎日が色あせているかわかってくれるだろう。わかるか? わかってくれよ。わかってくれたか。それならまぁ、いい。
ここまでヤマだ。
次からがオチだ。
◆4月22日
朝、起き抜けにムラムラしたからシコった。
仕事に行って帰った。
夕飯を作るのが面倒なのですき家に行った。注文した品が届く。紅しょうがを乗っけようと思ったら、瓶の中がカラになっていた。
しようがないね。
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