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タコピーの原点

タコピー読んでますか。

おそらくタコピーの原罪については多くの記事があると思うので
この記事ではタコピーの原罪の作者であるタイザン5先生の過去の作品
及び先生本人の考察をします。

※いつも通りこれが正解というわけではないので、
ただの考察であり解釈の1つ程度に捉えてください



1.讃歌

人類の文明が滅亡した後のお話。

筆者の観測上、タイザン5先生がwebに公開した一番最初のマンガ。


初めてのマンガという前提でこの読み切りの凄いところはマンガのテンポが完璧であること。

文明が無くなった後の世界という無限の展開がある中で
上手く世界観を構築しながら読者に説明するべき部分、
必要がない部分、説明するべきだが尺を取りすぎない部分。

読み切りなので1話だけで全てのストーリーを展開する都合上物語のテンポが大事で、どこを説明してどこを切るのか、そして読者に伝えたい設定を察してもらうためにどのくらい場面を使うかが大事になる。

テンポが悪いとマンガが冗長になって読みにくくなってしまうし、
最後まで読み終わっても結局何が伝えたかったのかがわからず
作品の良さがいまいちわからずに終わってしまう。


もう一つ特徴として単純にストーリーが面白い。

面白いと一言で表しはしたがその要因もちゃんとあって

まず物語における”問題”と”解決”が明確なこと。

これは主人公が旧人類と新人類の中間のようなポジションで
どちらにも属さない自分がコンプレックスで身の振り方に悩んでいること。
これが”問題”

そしてタタナさんとの別れや教師からの激励で旧人類との共生を選ぶ
これが”解決”

やっていることが明確でわかりやすくはなるがこれだけだと少し味気なく感じる。


そしてここで味を出すのが伏線

讃歌で一番大きな伏線は教師がロボットという点。
主人公への(教師としての)愛を見せつつ最後に激励の言葉を投げかけ、
役目を終える様を最後にロボットであるという伏線を開示することで単純に衝撃を与えることができるし、終わり方にもエモーショナルを与えることができる。

そして何より、主人公に送った激励が、普通ロボットは感情を持たないという固定観念を覆すことによって、更に意味のある言葉へと昇華させている。


もう一つはここ

これを伏線と言っていいのか微妙なところではあるけれど
この2つのシーンで主人公が旧人類、新人類にそれぞれどのような感情を抱いているのかが察せるところ。

上のように新人類にはりんごをもらったりタタナさんが亡くなった後には涙を流したりとプラスの感情を持っていると察せる。

反対に旧人類には母親に捨てられたような描写や「旧人類じゃないから受け入れてもらえない」といった言動からマイナスの感情を持っていると察せる。

決定的なのはこの部分

新人類の特徴を聞いた直後真っ先に”自分が新人類なのか”と聞いた場面。
そして私”は”ではなく”も”という部分から自分は新人類でありたいという願いであるように読み取れる。

このような伏線の張り方や張る部分が非常に上手い。

これらの特徴を交えた構成の上手さは凡そ編集者なし、それも一発目のマンガとは思えないレベルであると思う。



2.同人政治

個人的にはタイザン5先生の作品の中で一番異質だと思う。

この作品は讃歌と違い、伏線が作品の主なギミックになっている。

讃歌では後から読み返した時だったり明かされた瞬間に伏線だったと気付くような形になっていたが
この作品では最初に「何かあるな」と違和感を散りばめておいて読者に勘付かせるように作られている。

とはいえ内容に大きな捻りはこれといってなくて
マイノリティである自分の好きなものを認めてくれた先輩、
その上自分の好きなものをより良くするために親身になってくれた。
裏切られたけど自分を求めてくれて、芯も熱意も感じる
”世間的には悪い人”と向かう先は違えど”好きなものを布教したい”という同じ目的のために一緒に努力するという話。


個人的にこの作品は内容よりもタイザン5先生自身に注目したい。

※ちなみにここからは出典も何もないただの個人の妄想です。


この章の最初にも言ったがこの作品はタイザン5先生の作品の中でも異質だと思っていて、その理由はマンガのテンプレートさを感じるから。

自分だけが抱える何かがあって、それを認めてもらえたと思ったらそれは
利用されていただけ。
と思いきやその人にもその人なりの考えがあって共感できるから今度は自分の意思でその人に歩み寄る。

と話しの起承転結があまりにも綺麗で、マンガを描く上でのあるあるネタのようなメタ要素を入れつつ総理のBLマンガみたいなツッコミどころを入れたりと昔から形として多く使われてきたテンプレートを凄く感じた。

それが悪いとかいう話しではなくて、単純にタイザン5先生自身がコンテストを意識して作っている雰囲気を感じて、マンガをとりあえずネットで読んでもらう状態から作品としてのマンガを意識しているように感じた。

あくまでも個人的な感覚だがタイザン5先生がマンガを作品として作り上げるための勉強だったり努力をとても強く感じる作品だった。



3.ヒーローコンプレックス

言いたい事はだいたい讃歌と同じ。

讃歌との違いはヒーローコンプレックスでは読者自身の経験が前提にされている部分。

まずこの作品は
コンプレックスと挫折と愛情。
これらテーマの使い方がこのマンガの鍵であり上手いところ。

”問題”の部分がコンプレックスと挫折
”解決”の部分が家族愛

誰しもが一度は感じたことがあるであろう挫折。
自分が得意で一番だと思っていたものがそうではなかった時。
上には上がいて、自分が井の中の蛙であったと嫌でも認識させられた瞬間。

それに加え、周囲の誰かが活躍している中、自分は何者にもなれていないというコンプレックス。

これを兄と弟。
そして小さい頃から周囲から凄いと言われて天狗になっていたが現実を思い知った主人公と、夢のためにひたすら努力してそれを叶えた弟という距離の近い人間を対比することで
主人公のコンプレックスと挫折が色濃くなり、主人公がより惨めに映る。

けれども読者は弟に八つ当たりする主人公を悪役として見れない。
何故ならその描写に至るまでの主人公と自分が重なり、どうしても主人公の気持ちがわかってしまうから。
どれだけ努力しても限界があって、更に能力があったりそもそもの経験値が違う人間にはどうしたって敵わないのだと自らの経験が嫌でも補正してしまうから。

そして解決としての家族愛。

忘れた原稿を弟の下へ届ける。台風でも何でも困っている弟を救いたい。
そこに打算も見返りも関係ない。
これも普段を生きている読者自身が体験して感じている部分であると思う。

困っている肉親を助ける。その愛情に理屈なんて関係ないとマンガ内で説明されずともわかることを解決の糸口としている。

この場外戦というかメタ的な要素の使い方が本当に上手い。


そしてこれも伏線の枠になるかは微妙なところだが兄の何気ない一言が弟の支えになっていたこと。

これももしかしたら読者の中に経験がある人がいるかもしれない。
何気なく言われた褒め言葉がずっと頭に残っていてそれが知らずのうちに支えになっていたこと
逆も然りで何気なく言われた一言や悪口がトラウマで苦手意識を持ってしまったり辞めてしまったこと。

こういった誰しも経験がある(ありそうな)心情を上手くテーマに落とし込めている部分が讃歌との違いであり上手いところだと思う。


ちなみにタコピーの原罪で話題になったこういうやつ


実はこれに似たようなことは既にこの作品でもやっていて

ただ同じ構図にするだけじゃなくて親の視線だったり、顔にセリフを被せて眼中にないかのような雰囲気を演出していたり、見開きで右上と左上の真反対に配置して対比を見せたりとこの頃から才能を見せていますね。



4.キスしたい男

タイザン5先生の作品の中で一番”タイザン5”を感じられる作品だと思う。

まずこの作品の流れは同人政治に近く、
伏線が主体となっていること。

主人公の生い立ちを伏線として隠し、まともに見える一面を見せながらも
隠しきれない異質さを随所に出して匂わせる事によって物語の異様な雰囲気と「この物語の全容はどうなっているんだろう」という読者の興味を引き立たせている。


そしてこの作品の焦点はどうして主人公はアンジェリーナジョリーとキスがしたいという冗談のような夢を持つようになったのかということ。


伏線を明かした上でのこの物語の流れは

劣悪な環境で育ち、空っぽなまま成長してしまった主人公は唯一の頼りであった母を失った時どうなるのか。

これに対して
母の放った何気ない言葉を盲信してちっぽけな夢・目標のために本来享受するべき経験・教育を捨て正しくない道を選んでしまう。
という具体的な行動が示される。

この物語ではアンジェとキスがしたいという夢のために学生生活を捨て、バイトに明け暮れる日々を選んでしまう。
ということになる。

そしてこの救われない主人公に対してヒロインという救済が与えられる。


これがキスしたい男の流れ。


そしてこの流れの中核は主人公の異質さであり、
その異質さの正体は”言葉の呪い”と”生きる理由”になると思う。


親の勝手に振り回され劣悪な環境で育ち、親が死して尚その事実と遺した言葉に人生を掻き乱される主人公。

そんな主人公がこれから生きていくためには
苛まれる辛い現実を忘れられる何か。
言い換えれば”生きる理由”であり”夢・目標”が必要になるが、
劣悪な環境で育った主人公は
これまで日々を消費することだけに尽力してきた主人公にはそれがない。

現実でも同じだと思うがそもそも夢とか目標は何かを見て、聞いたことだったり体験したことが基になってあれになりたい、これがしたいと思うもの。

しかし主人公は劣悪な環境で育ったので夢・目標の基になるものがない。
つまり土台となる知識・経験が乏しいということ。
だが主人公は現実から逃げるため、生きるために夢・目標を作らなければならない。

土台がないのに夢・目標を作らなければならない状況になった。
これが”生きる理由”においての異質さを作っている要因の一つ。


ここで一つ紹介したいのが

ネガティブを潰すのはポジティブではない、没頭だ

という言葉。

簡単に説明すればネガティブな事を考えてしまう時、そんな事を考える時間もないくらい没頭できる事があればそもそもネガティブにならないよね。
という考え。

この作品ではこの考え方が反映されていて、
母親が死んでしまった事に対して溢れ出てしまう自罰的な思考と周囲の人間からのヘイトをかき消すために必要だったのが没頭できる何か。

つまり母が死んだ事について自分という内側、他人という外側からも
飛んでくる辛い現実を忘れられる何かが必要だった。

けれども上で書いたように劣悪な環境で生きてきた主人公は
没頭するものがない。

そんな中でできたのがアンジェとキスがしたいという夢。


ここで”生きる理由”の部分を含めてようやく本題に戻ってくる。
主人公がどうしてアンジェとキスがしたいという夢に至ったのか。
それは母親に言われた言葉が要因となってくる。

この作品では何かと「ママは言った」という
母親に言われた言葉を読者に伝える場面が存在する。

これは母親がいなくなった今でも言いつけを守ろうとしているという描写。
もっと言えば母親の言葉が呪いのようにずっと主人公に強く根付いているということを主張する描写になる。

それもそのはずで人間は育つ過程、特に幼い時期は親の言った事が絶対になる。
となれば言われた事を守るのは当然になる。

なので親側は何気ない無意識な言葉でも
子供にとっては人生において大きく左右する言葉になりかねない。
なぜなら子供にとっては親の言っている事は絶対であるから。

親に絵の才能がないと言われれば才能が無いものと思い込んでしまうし
逆も然りで才能があると言われればそれは自信に変わる。

もしかしたら親に言われた何気ない事が未だに癖だったり、習慣としてやっている事がある読者もいるかもしれない。

主人公に起きているのはまさにこれと同じような事で
母親に言われた事が強く残っているせいで
母親の言葉が主体になって夢・目標が形成されている。
逆に言えば母親に言われた事しか主体にする事ができない。
何故なら母親に告げられた言葉は絶対であるし、その上主人公は母の言葉以外何もないままに育ったからである。

普通であれば成長過程の経験を経て自らの意思が主体になって作られていく
夢・目標が、この作品の主人公は母親の言葉が主体になって夢・目標が作られている。

例えばこれが「親がオリンピックの選手だったからその姿に憧れて自分もその舞台で金メダルが取りたい」という具体的な動機があれば親の存在が主体になる夢というのはまだ理解できる。

だが主人公は過去母に言われた「恋をたくさんしなさい」という言葉を手がかりに、辛い現実から逃げるために”アンジェとキスがしたい”というあまりにも不純な動機から夢が形成されている。

これが”言葉の呪い”による異質さである。


ー脱線話ー
上の夢の動機の話し。
ぱっと見どちらも子供っぽくて後先がない夢という部分は共通していて同じように感じるが、
自らへの魅力を鍛えてアンジェとキスをするという構図ではなく
とりあえずお金を貯めてアメリカに行ってキスしてもらおう
みたいな自分への努力だったり夢を追う過程で様々な経験をするというフェーズを全てすっ飛ばしてお金で解決する
という構図にすることでより直感的で短絡的な思考で動いているように見せてる部分が個人的マンガ上手すぎポイント。


ここまで話せば後は単純で
この生まれた瞬間から救われない事が確定していた主人公に
ヒロインという救世主が現れました。
という話。

主人公の家でヒロインと話してる場面を要約すれば
母親という主人公の唯一の存在であり呪縛であった存在を
ヒロインが代わりに救いとしての存在になるよ

って事と

辛い事は一緒に共有して一緒に現実を生きていこう。
といった具合になると思う。

ヒーローコンプレックスと同じ要領でこっちは肉親の愛ではなく
恋愛を解決の糸口としている。

ヒーローコンプレックスもそうだがこういった理屈がない展開が曖昧になりがちな部分も違和感に感じないような話の組み立て方が成されていて本当に凄い。

残金で墓石を買いたいって部分が
母との訣別と現実と向き合う決意と墓石を買わないといけないという現実の無常さが詰められていて天才を感じる。



5.全部まとめた上で


なんとなくわかっている方もいるとかもしれないが、
タイザン5先生作品は物語が始まった時点で
主人公たちはどうしようもなく救われない状態にいること。
そして必ずそこに救済が与えられる。
すなわちハッピーエンドになる。
これがタイザン5先生の現状のマンガの形になる。
おそらくタコピーの原罪を読んだ人であれば「たしかに」と思ってもらえると思う。

このギャップの使い方が巧みで特徴的な点である。


讃歌はすでに滅亡してしまった世界で旧人類とも新人類とも言えない主人公

同人政治は好きなものがマイノリティに属している主人公

ヒーローコンプレックスは努力しても届かない現実と成功してしまった弟を持った主人公

キスしたい男では劣悪な環境に生まれ、親に振り回され続けた主人公


全ての作品で主人公自身が何か悪い事をしたわけではないのに窮屈な立場になっている。

そして全ての作品でそれぞれの主人公には救済が与えられ
それぞれの人生を続けている。

不幸な人間が救われることによってそれだけで「良かった」と思う気持ちとスッキリ感があるし、”救い”の部分にエモさを感じやすい。

じゃあこの設定にすれば全部タイザン5先生と同じになれるじゃんと思うかもしれないがもちろんそんなわけはない。

もう一つ。タイザン5先生の最大の特徴にして欠かせない要素が
”コンプレックス”である
タイザン5先生はこれの使い方が本当に上手くて

全ての作品の主人公は絶対に読者が共感しやすいコンプレックス抱えている。

なので作品の主人公を読者は
”恵まれない可哀想な物語の主人公”ではなく
”どこか気持ちが理解できる一人の人間”
という目線で見るようになる。

この読者にも共感できるコンプレックスを主人公に落とし込む事によって
マンガへの没入感が高まり、物語に引き込まれるのだと思う。

これだけではなくて、
もう一つ物語の構成において大事な部分として
伝えたい事が明瞭であることがタイザン5先生の上手い部分である。

読み切り作品をそれなりに読んでいる方は
「結局何が言いたかったのか・やりたかったのかいまいち伝わらなかった」
と思う作品に出会った事があるかもしれない。

ルックバックのようにそもそも考察される代表作があるような状態での読み切り作品であれば注目度が高いのでそういった考察させるような作品は話題になるが、そういったものがない状態で考察させる読み切りを描いても
読者は読める作品が沢山あるので「よくわからなかった」で流される事がほとんどであるように思う。


タイザン5先生の作品は
どの作品を見ても主人公が抱えている主な問題だったりコンプレックスは
1つだけで、その問題を解決する部分も大きく疑問に残ることや矛盾もない。
更に伝えたいであろう事柄も簡潔で一貫性がある。
なのでマンガへの没入感が高いままで物語を読み終えられる。


これが社会現象ならぬSNS現象になったタコピーの原点。
タイザン5先生である。



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