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PERCHの聖月曜日 85日目

その晩、マクネとコットマンとぼくは、持ち主のいない建築用地のはずれの背の高い草のあいだで寝た。この季節にしては寒い夜だった。だれもたいして眠れなかった。コーヒー一杯にありつくまえに、長時間、暗い気持ちでうろつき回ったのを覚えている。バルセロナに来てはじめて、ぼくは大聖堂を見に行った——近代的な大聖堂で、世界でいちばん醜悪な建物のひとつだ。まさにライン・ワインのビンの形そのままの、銃眼模様の尖塔が四つあった。バルセロナの大半の教会とは異なり、革命のときに損傷をうけなかった。「芸術的価値」のために命拾いしたとのことだ。これを爆破する機会がアナキストにあったのに、彼らがそうしなかったのは俗悪な趣味だとぼくは思う。もっとも彼らは尖塔のあいだに赤と黒の旗をかかげていた。

ーーージョージ・オーウェル『カタロニア讃歌』都築忠七訳,岩波書店,1992年,pp250-251


Sagrada Familia
1882-

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