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サガンはここに。(2023年12月9日記)

祇園北、白川筋からちょっと路地を入ったところに、「サガン」というクラブがある。

昨年9月にいまのマンションに越し、ある夜、四条河原町方面から帰宅する途中に光る電飾看板を見つけた。ママがフランソワーズ・サガンを好きなのかな。いや、白川のそばだから、「左岸」という意味かも。でももし、サガンを好きなママなら、文学や本を愛する客がたくさん集う店かもしれない。夢想は止まらなかった。

そうしてまだサンダルとワンピース一枚でよかった今年の夏の終わり、私は神戸在住のOさんと「日本酒BARあさくら」「イル・ラーゴ」をハシゴし、「書くこと」について4、5時間ほど語り合ったせいで心地よい酔いと高揚感に包まれたまま、彼を見送った四条河原町の駅から家に向かう途中で、その店の前に立ってしまった。

…うん、バイト募集の広告がネットに見つからないんなら、直接聞いてみたらええんちゃう?

謎のエセ関西弁が脳裏に浮かぶも、引き戸を開けるには勇気が要った。すると、そこに酒屋か何かの兄さんが伝票片手にやって来て、戸を開けた。すぐに店長らしき人が出てきたので、私はiPhoneをいじるフリをしてその様子を窺い、兄さんが去ったあとに不審そうに佇むその男性に「あの…バイト募集ってしてますか?」と声をかけた。「…してますけど」。うーむ、もう後には引けない。私は「よかったら店内、拝見してもよろしいでしょうか」と続けた。

店には客がひとりいて、女性が3人ほどついていた。カウンターに座り、簡単な自己紹介をしたあと、1年間ずっと気になっていた店名について尋ねると、「よくわかったね」と店長は答えた。

店は50年前、フランソワーズ・サガンを好きな店長の母親がオープンしたという。その母は、80代にしていまも現役で宮川町にあるお茶屋さんを経営しており、「サガン」は息子が経営。また、昔、長く勤めた女の子が近くに「右岸」という店を出したという話も聞いた。

「で、いつから始められるの?」
「えーと…明後日は空いてます」
「じゃ、明後日ね」

かくして週1のクラブバイトが始まったのだが、残念なことに文学や本の話ができるお客様はいなかった。「サガン」をフランソワーズ・サガンだと知る人もいない。「店」は店主がつくるもの。「サガン」も現在の店長とママがこの数年でつくりあげてきたお店であり、その客筋に残念ながら私はまったく求められていなかった。年齢もあるし、互いの趣味嗜好の違いもある。でもなんというか、とりつく島がない感じ。私は自分を化石みたいに感じた。それで店は年内で辞めることにした。

昨日、毎週金曜日にバイトをしている「日本酒BARあさくら」に、親しくしているライターさんがふたりでいらした。そして本好きの店主・朝倉さんを交え、文章のことやら本やら音楽やら次から次へと豊かで新鮮な話題に事欠かないみんなを見ながら、「なんだ、ここに"サガン"があるじゃないか」とおかしくなった。

「店」は店主がつくるもの。私はどんな店がつくれるだろうか。

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