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お金を借りる人

 昨日の午前、面談した人が午後やってきたので、まだ相談があるのかなと思って、どうぞというと、「お財布を落としたので、落ちてなかったですか」という。いろいろ探したけどないし、そもそも、カバンをあけるシチュエーションもなかった。暑いし、気の毒に思い、お金を貸してあげるといって、私のお財布をあけると4000円しかなかった。そうしたら、その人が、「それでは足りない」という。「今日までの支払いをしないといけないので、1万2000円貸して欲しい」という…。心が沈んだ。心が沈み過ぎて、言葉が継げず、何もかも面倒くさくなった。「それでは、ATMに引出しに行ってくるから待っててください。それか、一緒にATMにくる?」と聞くと、待ってるという。甘えてる…。台風前の熱風現象の中、片道500mATMまで歩いた。甘えてる。だけど、私も、その人がなぜお財布を落としたか、今、どういう気持ちか、その人の心持もわかるので、夕食代も入れて、1万5千円渡した。「来月27日に返してくださいね。」って、重い心のまま告げた。お財布を落とした人を目前で見たのは初めてだったので、この対応しか思いつかなかった。
 
 フランスでは、街頭で1時間に1回は、「小銭(モネ あるいはピエス)をめぐんでください」と声を掛けられる。同じくらいの年齢の女性には、小銭をもっているときは、あげてしまう。他のフランス人も同じようにめぐんであげている。若者にはあげない。でも、トラムの中で、おそらく何日も食事をしていない蝋人形のような蒼白な若者を見たときは、心が痛んだ。
 今年の3月、子どもとシャルルドゴール空港に行って、子どもに「少し、待ってて」と言って、戻ってくると、「至急、電話をしないといけない人が、1ユーロ貸してと言ったから、貸してあげた」と嬉し気に話した。「それ、詐欺だよ」というと、しょんぼりした。シャルルドゴール空港には、その手の詐欺がたくさんいると聞く。「スマホ貸して」が一番危ない。シムカードを抜かれる。「カード貸して」も危ない。カードのピンコードを読み取られる。だけど、日本人は困っている人を見ると助けずにおられないので、今日もおそらく、シャルルドゴールで被害にあってる。
 
 私は人からも銀行からもお金を借りたこともない。今でも、決済はほとんど現金。ただ、フランスへは4枚のクレジットカードをもって出かけた。全部デパートのポイントカード兼の。伊勢丹・三越、松坂屋・大丸、西武、地元デパート。準備万全と思った。30年前は、阪急のペルソナカードが大活躍した。フランスのどこの銀行でも現金を下ろせる。キャッシュは、クレジットカードでおろせばいいから、円安の今は、ユーロをあまりもっていかないのが賢いと合点した。500ユーロ10万円弱だけにした。
 2カ月かけてようやく見つけたフランスのアパート。「敷金礼金諸経費2300ユーロだけは、口座からの引き落としじゃないので、今週中(金曜日午後に言われ、土曜日から祝日月曜日まで)に振り込んでくださいね」と不動産屋の優しいフランス人支店長に言われた。私を信じて、先に、鍵も渡してくれている。すぐに銀行に行って、クレジットカード1枚目、松坂屋大丸を入れた。ピンコードを押し、現金限度額500ユーロを押して、現金が出て来るのを待った。「無効です」の警告とともに、カードが差戻された。次の伊勢丹三越も同じだった。4枚とも現金は引き出せなかった。操作を誤ったのかなと思って、銀行員を呼んできて、目の前で同じことを繰返した。銀行員も驚いてた。衝撃で、心臓パクパクで、家に帰り、調べると、今の時代のカードは、加入時に、キャッシュ機能に〇をつけないと、自動的には現金を引き出せないことになっていることを初めて知った。時間ばかりがたつ。夫にSOSを出し、送金してと泣きついた。返事がこない。アパートの隣のブティックのショーウィンドーには、2600ユーロのおしゃれなグッチのコートが飾られている。2600ユーロのコートは買えるのに、2300ユーロの敷金は払えない…と悲しくなった。フランスの銀行の機能を調べると、少額融資があった。翌日、土曜日午前も開いているフランスの銀行に行き、「少額融資をお願いしたいのですが」というと、銀行員が、「少額融資を受けるためには支店長面談が必要です。ただ、予約が、現在いっぱいで、3週間後です」と言われ、とぼとぼと道を戻る。途中のベンチで、SDF(家がない人)のマダムが所在なげに座っている。共感した。異国の地で、部屋を借りるのはかくも過酷なんだと。
 だけど、何か方法はあるはずと、日本の知り合いに、SOSのメールを送ることにした。もし、ダメだったら、1度日本に戻って、お腹にユーロ巻いて帰ればいいと腹を据えた。銀行員とか、海外生活経験者とかに教えてメールを送った。そしたら、2件の情報が入って、ペイパルや海外銀行の送金システムを知り、無事、期限内に、敷金を振り込むことができた。
 辛い3日間だったが、一人の友達が、2300ユーロ、私の代わりに、フランスの銀行に振り込んでくれると申し出てくれた。すごく嬉しかった。あとで、夫になぜ、返事くれなかったのと聞いたら、手数料5万円にたじろいだからっと言った…。頼れるのは、夫より友達。