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「時間という生命を、、」

時間は永遠に続くようにみえて
そんなんでもないよ。
少なくとも、肉体を持ってして感じられる
時間というのは限られている。

あなたは、時間をどう使うのか?
あなたは、余白をどう使うのか?
あなたは、どんな考え方を選択するのか?

常に思考や情報で
自分が見えなくなってしまったら、

そこへまた、
それに被せるように思考することで、
無意識にも自分のフィルターを通した
悲劇であり、心配であり、不安に満ちた
物語がどんどん進んでいく。

現実に起きていることではなく、
起きたことから考える自分の中にある執着が
暇や余白を埋め尽くそうとする。

考えれば考える程
答えなんてでなくて、
気は減っていく一方。

オートマティックに奪われていく思考に気づき
マニュアルモードに切り替えて
自分自身を操縦していかなくてはいけない。

何もしない時間は、ある意味
わたし達に与えられた
プレゼントタイムでもあるし、
何かをするにしても、すべては
自分が選んでいけるという事。

やりたくない事に、どうしても
自分をつかわなくてはいけない時は
省エネモードでその事にエネルギーを使えばいい。
自由自在に、
自分で配分しながらやってみること。
そこには、世間から見られるフィルターは
必要ないもの。
そのフィルターは、自分自身が
作りこんだものだから。

じぶんの時間という生命をどう使う?
誰のために使う?

時間は生命。

誰かが自分の為に使ってくれた時間は
本当に、、生命を与えてくれたという事。

心から、、有難いこと。

だからこそ、
時間を思考をどう使うのか?

悠長なことは言っていられない。

そんなに残された時間はないと思うから。

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#生命
#どう使う
#思考に奪われない
#思考を活かす

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