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好きなうつわで珈琲を

本も好きなのですが、うつわも好きで、よく買ってしまいます。もう置く場所もないのに…

でも、気に入ったうつわが家にあるって、なかなかいいものです。
 別に凝った料理でなくても、好きなうつわに盛り付けるだけで、見違えるように美味しく見えることがあります。そんなに高級なものでなくても、買ってきたばかりの新鮮な豆を挽いて、丁寧にドリップした珈琲を好きなうつわに入れて飲んでいると、人生が少しだけ豊かになった気がします。

 今日はそんな風にして少しずつ(でも確実に…)増えていったうつわを紹介させていただきます。
 好きな作品はたくさんあるのですが、特にお気に入りの陶芸作家さん三人の作品について語ろうと思います。本当に、私の趣味をつらつら書き連ねるだけですが、もしよろしければ読んでみてください。


① 大谷桃子

思えば、うつわ収集のきっかけになったのが大谷さんの作品との出会いでした。ハタチくらいの頃、京都への旅行中に見つけ、衝動買いしました。蓮の花が書かれたコーヒーカップで、貧乏な学生には安くない値段だったのですが、清水の舞台に上るための拝観料を吝って購入しました。
 大変気に入っていたのですが、ある日落として把手を欠けさせてしまいました。ああ、どうして私はこうも落ち着きがないのか…

当時は金継ぎという技法も、どこでしてもらえるかもよく分からなかったので、把手の部分を紛失してしまいました。勿体ないことをしたと思います。ですが、この経験を生かして、別のうつわを欠けさせたときは漆継ぎで修繕してもらいました。
 ちなみにですね、もう一つ大谷さんのうつわを所有していたのですが、そちらは粉々に割ってしまい、もはや修繕不能でした。いくつ割るんだって話ですよね。ほんとごめんなさい…

大谷さんの器によく描かれるのが、上記の蓮とバナナの葉です。大谷さんがインドネシアに留学された際のイメージをもとに、絵付け(彫り)をされているそうです。
 信楽焼のざらざらした手触りと、使ううちに柔らかく風合いが変化するところが気に入っています。

大谷さんはご夫婦で陶芸作家をされています。Webページはこちら「大谷製陶所



② 市野吉記

市野さんの作品とは、倉敷市で毎年行われる「フィールドオブクラフト倉敷」というイベントで出会いました。ここ数年コロナ禍でイベントは中止になっています。全国からたくさんの作品が集まる楽しい催しなので残念です。早く再開できることを祈っています。


市野さんのうつわはベトナムから伝わった「安南手(あんなんで)」という手法でつくられているそうです。滲んだ絵付けの線と、縁に覗く茶の焼き色が、骨董のような風味を醸し出しています。

意外に軽く、手の中に優しく収まる曲線で、なんとなく、両手でそっと抱えたくなるうつわです。
 珈琲を入れてもよく映えるので、真ん中のうつわは主にコーヒーカップとして使っています。長く使ううちに、はじめは綺麗だったうつわの内側に珈琲の色が染み込んで、表情が変化してきました。エイジングというか、汚れも味として気に入っています。

市野さんは兵庫県の丹波にある「コウホ窯」で作陶されています。一度伺ったのですが、丹波には陶芸家の「市野さん」がたくさんいて、見つけるのに苦労しました。



③ 村山朋子

村山さんは京都の舞鶴市で作陶されています。細かい絵付けは幾何学的だけれど、手描きゆえの僅かな歪さがあって、優しい雰囲気を湛えています。

図々しくも一度、村山さんの工房にお邪魔したことがあります。村山さんのご主人である服部克哉さんもやはり陶芸家で、お二人で温かく迎えて下さりました。
 先述のように村山さんのうつわは細やかな絵付けに特徴がありますが、土作りから成型、焼成、絵付けと、全ての工程をご自身でされていて、そのひとつひとつに誇りをもっておられるのだという印象を受けました。

ご主人の服部さんの作品は村山さんのそれとは対照的に、無地のうつわです。余計なものを削ぎ落としたような美しいかたちと、釉薬の淡い光沢が、なんともいえない静謐な存在感を放っています。

その節はありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。

お二人のWebページはこちらです。「MUDDY 真泥


いかがでしたでしょうか。私のように不器用な人間からすると、このような作品を創り出すことができる陶芸家の方々というのは、手品師というか、ほんとうにびっくりするような存在です。また、そのような作品がある程度買えるような値段で売っていることを、ありがたいなあと感じています。
 これからも、たくさんの素敵な作品との出会いがありますように。

最後まで読んでいただいた方、ありがとうございます。
 みなさんのお気に入りのうつわがあれば、ぜひ教えて下さいね。