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6:衝撃

 「初めまして。桜木弥生です。どうぞよろしくお願いします。」
端的に挨拶を済ませた彼女の肌は雪のように白く、氷のような冷たい表情は場を瞬時に凍てつかせた。僕は時が止まったようなこの空間の中で、彼女に妙な既視感を抱いていた。
「ついに来たな、転校生。なんとなく、お前に雰囲気似てるよな。」
蓮が後ろを向きながら話しかける。
「やっぱ、お前もそう思う?」
「なんとなく、だけどね。ちゃんと仲良くしてやれよな。席、お前の後ろみたいだしさ。」
「え。」
振り返るとそこには見慣れぬ机と椅子。
「どうしよう。」
「どうしたもこうしたもないって。話しかけてみたらいいよ。女の子と仲良くなれるいい機会だぜ。」
「僕、同性とだって仲良くできてないじゃない。」
「それもそうか。無理言って悪かったよ。」
担任の指導が入り、僕らは会話を中断する。あいつは後で埋めて帰ろう。込み上げてくる蓮への緩やかな殺意をホームルームの終了を知らせる鐘が堰き止めた。

 昼休み。多くの生徒は食堂へ向かい、午後の授業に備える。いつもなら僕も蓮に連れらるのだが、今回は二人揃って弁当を持参していたために、教室へと残ることとなった。僕の後ろでは、転校生がぽつんと座り、黙々と食事をとっていた。
「あちゃあ、これじゃ友達できるどころかお前みたいになっちまう。」
「それは流石にかわいそうだ。」
「あれ、怒らないの?」
「僕みたいになったら、可哀想だろう?」
「お前も冗談とか言えるんだな。」
笑いながら蓮は立ち上がり、転校生へと話しかける。
「初めまして桜木さん。俺は葉月蓮。気軽に蓮って呼んでくれていいから。これからよろしくね。」
桜木は目を丸くし、しばらく黙り込んでから答える。
「うん。よろしくね、葉月くん。」
「ねぇねぇ、よかったら一緒にお昼食べようよ。ご飯はみんなで食べた方が美味しいしさ。」
「うん、ありがとう。嬉しい。」

 ここで桜木の氷のような表情がじんわりと熱を帯びて溶け始める。よほど緊張していたのだろう。その後は少しずつ口数が増え、僕らと打ち解けていった。
「そういえばさ、弥生ちゃんってどこから来たの?どうしてこんなところに?」
既に名前呼びのこの男。図々しいとはこの事で
ある。
「お父さんの仕事の関係でね、お隣から引っ越して来たんだ。ここ、凄くいいところだよね。秋桜の花がすごく綺麗で。気に入っちゃった。」
 
 点と点が線で繋がる。朝に僕が感じた謎の既視感と、先の彼女の発言。間違いない、あの子だ。あの時薄暗くて顔はよく見れなかったけれど、僕は確信していた。
「あ、あのさ、もしかして。」
間抜けた声が出て、蓮はきょとんとする。
「ん?どうかした?」
その質問に僕は答えなかった。
「もしかして、昨日の夜あの公園にいたのって。」
僕の言葉に彼女は一瞬硬直する。僕の思い違いか、そんなことはない。今ここにいる彼女こそ、昨夜秋桜の咲く公園で、僕に花言葉を意味を聞き、今日僕との再会を約束した少女その人なのだ。僕はその時なぜだか無性に僕のことを彼女に思い出してほしかった。次の言葉を放とうとした直後、無情にも安らぎの時間は終わりを告げた。僕は完全に話すタイミングを失ってしまった。
 
「本当にどうしたんだ?なんて言おうとしたの?」
蓮は僕に不思議そうに問いかけながら自分の席へと戻る。当の彼女は、蓮が席に戻るのを確認すると僕の元へと近づき耳元で
「ちゃんと花言葉、調べて来た?」
と囁き、百合のように可憐な笑みを浮かべてみせた。そして僕は、自分の中の何かが動き出したことを、今度はしっかりと感じ取った。

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