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9:とある秋の休日

【葵葉】
 午前九時。相も変わらず僕の携帯はやかましく鳴り響く。今日は土曜日。ようやくの休日である。今週はとにかく慌しかったと、大雑多派に振り返ってみる。新学期が始まった日に転校生の知らせを聞いたかと思えば、数日後にはその転校生である少女と花の咲く公園で夜通し花について語らったのだ。さすがに活動しすぎた。
 いつもならもう少し目覚めは良いのだが、今日ばかりは寝不足で些か機嫌が悪い。苛々しながらリビングへ行くと、僕のストレスを加速させる存在である両親の姿がない。
「そういえば、今日は2人とも遅いんだったかな。」
思わず笑みがこぼれ、1人の時間を満喫するための計画を練り始める。せっかくだし、ちょっと優雅に過ごすとしよう。段々と苛立ちも消え、楽しくなってきた僕は、鼻歌まじりに朝食の支度を始めた。


【蓮】
 俺の休日は、まずスマホに送られてきた膨大なメッセージに的確な返信をするところから始まる。俺はあの男とは違って、毎日を有意義に過ごしている。なので平日に長らくスマホなんて見ている時間もなく、あまり返信などできないのだ。それを一気に返すというのだからやはり苦労はつきものだ。そんな苦労も、あの男にはわからないだろうが。
 心の中で彼に愛のある軽蔑をしたところで、一通り返信を終える。ふうと溜息をついたところで、スマホが軽快な音を立て着信を知らせる。少し苛つきながら内容を確認し、送り主を見たところで俺の苛つきは終息を迎える。

『蓮くん、おはよ!
急に連絡しちゃってごめんなさい。
蓮くんがよければだけれど、午後から私と遊びませんか?
近くに美味しいケーキ屋さんが出来たみたいで行ってみたくて……
蓮くんと一緒に行きたいんだけど、どうかな?』

 恐らく、いや絶対にあの孤独な男には味わうことのできぬ至福が眼前に広がる。先ほどまでの亀のように遅い指遣いが隼の如く加速する。

『おはよう。
ちょうど俺も誘おうと思ってた。奇遇だね〜。
今日は予定もないし、一時に駅前でどう?』

味気ない文章だ。淡白だと思わせてしまっただろうか。

『わかった!一時に駅前ね。
一緒に行けて嬉しいよ〜!楽しみだね!』

刹那、自分の文章の淡白さを哀れんだ事など忘却の彼方へと消え去った。恋の力は偉大である。
 何はともあれ、予定が決まったので、準備に移る。最高の一日にしなくては。俺は鼻歌まじりに身支度を整え、何度も鏡の前に立ち、一時を待った。


【弥生】
 私は朝が好き。日の光に当たると、花も起きてくれるから。朝から綺麗な花を見るのは大好き。でも、夢の続きを見れなくなるのは少し残念かも。
 
 そんなことを思いながら私は桜色のカーテンを開け、光合成でもするように日光を自分の身体に集めていく。いい日になるといいな、ぽつりと呟いて、ふと昨日の出来事を思い出す。

「あんなに男の子と花について喋ったの、初めてかも。」

 あの時彼は、私に花のことをもっと教えてほしい、と言った。嬉しかった。きっと何か裏があるのだとは思う。私は彼が何を考えているのか何となくわかった。それでもやっぱり嬉しかった。
 

 彼を初めて見た時、すぐに私と同種だと感じた。だから話しかけた。話しかけてしまった。私自身を見ているようで、なんだか耐えられなかったのかも。私が話しかけたから、きっと彼は私に可能性を見出したんだ。私のことを知ることで、きっと自分は何か変われるかもしれないって。

「……。」

 空を見た。とても綺麗。近くにあったスマホを手に取って、思わず写真を撮った。彼も綺麗なものを見たらこうやって撮るのかな。綺麗な景色を見ると、荒んだ心が洗われる気がする。自然を美しいと思える感性を持って産んでくれたことくらいは、感謝しないといけないよね。

「ねぇ、葵葉くん。あの時、救ってあげたくなったって、言ったでしょ。本当に大袈裟なこと言っちゃったね。悪いことしちゃったかも。」

それは誰の耳にも届くこともなく、悠然と広がる空に虚しく消えていった。

「私にだって、何もないの。」

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