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町田そのこ 著 『52ヘルツのクジラたち』

ポイント

1.所属の欲求
 私はどこにも属していない。
 世界は平等で自由になっていく。おかげで私は私らしく生きられるようになったが、私は私でしかないという孤独を抱える現代を考える。家族や社会に属しているが孤独を感じる。

2.”家族”という呪い
 家族だから仲良くなければならない。親は子を愛さなければならない。子は親に愛されなければならない。そういった私たちの世界にある「呪い」が、SNSやネットの進化とともに伝播されていく。
 そういったことから目を背けてはいけない、というのも私たちの世界にある呪いなのかもしれない。逃げてはいけない。

逃げちゃだめだ

新世紀エヴァンゲリオン より

3.生贄の存在
 社会を維持するためには神々だけではなく、自らも犠牲にしなければならないという生贄の存在。大きな災いを起こすものに捧げる。


今日の部室

マノ  読みましたよ。

副部長 どうだった。

マノ  なんか、もにょってますね。

副部長 そのもにょりの原因はなんなの。

マノ  物語自体は面白くて良いんですが、これ、みんなどう思ってるの、っていうのが気になっちゃって。本屋大賞だし、映画化もしたし。

副部長 概ね好評だと思う。

マノ  ですよねえ。でも、例えば、泣きたいだけで売れるという本でもないと思うし、だったらこれに共感する人が多い、というのなら、それはどんな時代なんだ、という話ですよ。

副部長 わかりやすいところでは、孤独とか家族というのがテーマにあるよね。そういったものを抱えている人が多い、という時代と考えられるのかな。

マノ  ですね。なぜそうなっているか、というのがポイントだと思います。やっぱり、みんな孤独なんですかね。

副部長 物理的に孤独というのは、現代ではほぼないから、精神的な孤独って感じかな。誰かといても孤独を感じる、は、よくあるテーマだと思う。それが友人とかだけじゃなくて、家族も含まれるようになったという感じかな。

マノ  というより、家族ってなんだ、という感じじゃないですか。

副部長 なるほど。キナコとムシは法律的には家族ではないけど、繋がりとしては家族といえるし、アンさんの言う魂の番人は、血の繋がりを超えた関係で、精神的な家族とも言えなくもない。

マノ  ペットは家族か問題にも繋がる気がします。

副部長 確かに。それは今度、別の何かで話そう。でも、家族ってなんなんだろうね。子どもは血の繋がりがあるけども、夫婦ってのは他人じゃない。でも、それを一つの形として捉えるところが、実は人工的なものなのかもね。言ってしまえば、少し無理をしているというか、ストレスがかかっているというか。

マノ  普段は気にならないんでしょうけど、例えばケンカした時とか、何かトラブル、それこそ大きな病気をしたとかに、現れてくるものかもしれませんね。

副部長 当たり前という価値観だからこそ、一度揺らぐと大きくなっちゃうのかもしれない。ほら、キナコが親が自分を育ててくれた恩から無理して介護しちゃうじゃない。その「恩」ってのは、当然という価値観じゃない。恩には報いるべきだ、と。子どもってのは、親に育てられているから、絶対に恩はあるのよ。でも、だからって一生それに縛られる訳にはいかないじゃない。

マノ  お。スイッチ入った。

副部長 結局、〇〇しなければならない、って価値観は、人を縛るものに形を変えて呪いになると思うのよ。孤独って呪いの姿なんじゃないかな。

マノ  家族は仲良くなければならない。子どもは親を大切にしなければならない。ああ、親は子どもを愛さなければならない、か。琴美もそうかも。

副部長 そうそう。子どもを愛さない親がいるか、っていうのは、子どもを愛せない親にも呪いになるし、親に愛されていない子どもにも呪いになるのよ。それは、愛されたい、という願望に変わって、主税みたいな男でも愛してくれるという依存関係になる。

マノ  でも、それって昔からそうだったんですかね。なんか最近のテーマな気もします。

副部長 それが現代の姿なのかも。

マノ  平等とか多様化とか、良いことだけど、それによって生きづらくなったというか、ああ、孤独になったという感じですね。そうか、価値観が揺らいだのは個人じゃなくて時代かもしれません。

副部長 なるほど。家族でも殺しあう時代があって、家族は愛し合わなければならない時代を迎えたけど、世界は個人の多様化を認めてしまったために、全体が揺らいで、その揺らぎが呪いに姿を変えてしまった、みたいな感じか。

マノ  主要な登場人物が全員、何らかの呪いにかかっていて、その呪いの時代の中で苦しんでいる読者の共感を得られるという感じですね。

副部長 悲しい時代だ。アンさんはそんな悲しい時代を維持するための生贄かもしれないなあ。

マノ  生贄。

副部長 たぶん、わたしたちって孤独の時代に呪われながら、でも孤独の時代を維持することが正しいことだと思ってるんじゃないかな。

マノ  人間が目指すものが孤独ってことですか。

副部長 孤独に苦しみながら孤独になるしかない。そして、孤独を維持するために、孤独な人間を生贄にして、私たちは自分らしく生きなければならないという価値観をより強くしていくんじゃないかな。本来、生贄って大きな災いを鎮めるために捧げるんだけど、わたしたちは、自分らしく生きられないということが、大きな災いになってしまったのかもね。

マノ  確かに。自分らしく生きる、って言葉の清浄さって、もう誰にも汚せない気がします。

副部長 それでも、生きねば、って感じね。

マノ  腐海と共に生きていくしかないですね。

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