見出し画像

私のあこがれの場所 大分県竹田市久住町 久住連山

 夢を見る。

 あれは小学生の時の記憶だ。

 子供には大き過ぎた山は黄昏時に茜色に映え、振り向くと草原が黄金のように広がっていた。

 あの時はそれを何とも思わなかった。

 部屋で本を読む方が好きな私にとって、その景色はその時に刺さるものではなかったのだ。

 刺さったのは、大学の時。

 故郷を離れた私に、その風景を幻視する。

 あの時の私は、なぜこの景色を見逃したのだろう?

 そして、どうして私は今この景色に心惹かれるのだろう?

 大分県竹田市久住町。久住連山。

 私の憧れの地はここである。

 この山を見ていた幼い私の記憶が、中年となった私をこの地に導いた。

 多くのものが変わり、私も変わった訳なのだが、この山の雄大さは幼き私が見た時と同じく、雄大なまま変わらず佇んでくれていた。

 かの地に行くにあたり、私は車を走らせる。

 かつては父が家族を乗せて運転していた車には独り身の私だけ、かの地に向かうために九州自動車道を南下して熊本ICで降り、国道57号を東に向かって竹田市の方に向かう。

 道路は格段に良くなった。

 観光地でもある阿蘇近隣は熊本地震で甚大な被害を受けていたがその復興は今も続いている。

 かつて私は、転勤族の父の仕事の都合で数年間竹田市に住んでいた。

 その面影は残っているが、ドライブをしていると私はもうここの住人ではな異邦人なのだという事を突きつけてくる。

 それでも、山は変わらない。

 あの遊んだ地は変わっていたとしても、そこから見える久住連山の風景は私に『おかえり』と言っているかのように見えた。

 竹田市から更に久住連山に近づく。

 国道57号から国道442号へ。

 その前に竹田市内のガソリンスタンドに入りしっかりと給油をしておく。

 あの辺りで確実に開いているガソリンスタンドは二・三店あるかないかなので、ガス欠で立ち往生なんて事を避けなければならない。

 ついでにタイヤの空気も確認。

 生活道路であると同時に観光道路にもなっている国道442号は片側一車線の道路だが、休日を外せばそれほど車が走るような道路でもない。

 途中の道の駅竹田にて水分補給。

 ここは飲める湧水が湧いており、空きペットボトルを洗ってその中に水を詰めて出発。

 およそ三十分ほど山腹を横切る形で高度を上げてゆくと、樹林帯の中から久住連山の雄大な山体が姿を表す。

 近くの観光地の駐車場に車を停める。

 車を降りると標高差もあって空気が冷たいというか澄んでいる感じがした。

 子供の頃見上げたこの山々は、大人になった私も見上げても変わる事なくその地に佇んでいた。

 私は何故この地に惹かれるのだろう?

 先程くんだ湧水を車内用電気ポットで沸かしてインスタントコーヒーを煎れる。

 味の違いなんてわかるほどの舌ではないが、特別な気分は味わうことができた。

 私には故郷という概念が多分ない。

 竹田の地も物心ついた時の記憶しか残っておらず、竹田より長く住んだ地の方が多く、人生に置いては生まれた大分県よりも現在生活している福岡県の方が長かったりする。

 それでも、福岡のこの地は私にとって『異郷』であり、大分のこの地が『故郷』なのだとなんとなく思った。

 おそらく、もうこの地に私を知っている人は残っていないのに。

 車を走らせて私は目的地に着く。

 国道442号から眺める事ができる、瀬の本高原の風景だ。

 時刻はあの時より少し早い黄昏前。

 それでも幻視してしまう。

 あの黄金色の風景を。

 黄昏時の思い出を。

「ああ。これが見たかったんだ」

 声は自然と出た。

 待っていれば本当の黄昏時に出会えるのだが、私はその前にこの地を去ることにした。

 気づいたことがある。

 子供の思い出だったあの風景を大人の私は自らの意思で行くことができるのだと。

 だから、今回はお預け。

 そんな事を思いながら車を今日の宿に走らせたのだった。

 大分県竹田市久住町。久住連山。

 私にとって一度は行きたい場所は、また訪れたい場所になった。

 今度は黄昏時に合わせて、あの頃を思い出を胸にまた訪ねることにしよう。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?