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DO TO(1) 「あれから好きな画家は河原朝生」

小西さん

久しぶりです。日増しに寒くなりますが、つつがなくお過ごしですか。私はいま網走行きの列車の中です。レンガ造りの洋館が残る街から六時間がかりの旅を意気消沈してすごしています。長い長い道のりです。私の人生への問いかけは静かな空に向けられています。どんなにがっかりしているかお分かりにならないでしょうね。不本意ですが、とうとう都落ちです。窮迫した生活から逃げてきました。都会を離れたら、もう画家としての道は閉ざされるという不安が、私をとらえます。出るのはため息ばかりです。停車するのは小さな農村地帯だけに、その切なさは一層はなはだしいです。だから、北海道に来るのはいやだったのです。     
私だって食えさえすれば東京で歯を食いしばりますが、このままでは冬を越せそうにないので、物価の安い場所に行こうという判断になりました。恥ずかしいのですが、ずっと作家として制作だけを中心に生きてきて、商いという行為からはほど遠い態度なのかもしれません。それにお金の話を持ち出すのは作家としての品性にかかわる気がするのです。やはり利害を超えて絵に打ち込みたいと思いました。このように社会で暮らすには未熟な性格が、どうにか、一点一点に命を削るあの作風になってるのかもしれません。
夜分遅くのメールを本当にすいませんでした。おやすみなさい。 

エリさんへ

突然のメールで驚いた。ようやく事態が飲み込めた時には朝になっていた。とにかく君のことをひどく心配している。安易な励ましの言葉を出すべきではないという気もしている。でも、人生にはこういう時も必要だと思う。苦しい境遇の時には目先の競争にとらわれず自分の絵とゆっくり向き合うことができると思う。
パトロンから制作に口をはさまれるよりも、一人で身を立てる努力をするほうがいい。評論にびくついて、都会ですれつからしになるよりも、田舎の不自由を受け入れるほうがいい。今後は思い切って公募展に出品するのも手だと思う。
もちろん、大切なのは、どうしたら、気持ちが落ち着くかだろう。そうなると、今は「よく私にメールをしてくれた」という言葉以外は浮かばない。だから、どうぞ、寂しい時には、いつでも私にメールしてください。

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