DO TO(2) 「あれから好きな画家は河原朝生」
小西さん
開拓者によって開かれた、網走の町のはずれに居を構えました。豊荘という名のついたアパートです。畳の焼けた名ばかりのアパートです。引っ越しはひと段落しましたが、まだ、あわただしい雰囲気です。灯油業者への連絡や、ダンボールの処理など、この調子では部屋が片付くころには大晦日です。何もかも自分たちでやらねばならないのですが、ほこりにも、寒さにも、あきあきしてしまいました。部屋はお香のような古びた匂いがしますが、窓を開けようものなら、冷気が部屋に吹き込みます。いま外の気温は5度です。これから、もっと寒くなるはずです。セーターを着て毛布にくるまっています。匂いにはなれるものなのでしょうか。
これからのことを考えると、何もかも漠然としていて、新しい環境に接する喜びよりも、胸をうつ寂しさに思いつめられます。水道の水はサビが出て飲む気になれません。隣のドアを開ける音がガチャガチャと鳴り眠れません。自分が思うような物事ばかりではないので仕方ありません。窓から見上げる空は灰色です。これが現実です。
仕事の手を休めて文字を打っていたら、いま、ようやくガスの開栓業者がきました。ながながすいません。それでは。
エリさんへ
昨日は札幌も寒かったが、今朝は比較的あたたかい。日光がカーテンの隙間から部屋を照らしている。よい天気のようだ。隣の小学校からは運動会の声援が勇ましく聞こえてくる。赤とか白とか連呼している。おかげで、よく眠れない。まったくこれは近所迷惑だ。君が現在直面している困難を考えれば私のほうが、はるかに幸せかもしれないが、なにしろ今日は日曜日だからね。
ところで、私はようやく学芸員補佐を卒業して、展覧会の企画課にまわった。とはいっても自分の裁量で決められるのはチラシのデザインくらいで、仕事のスーパーマンのような人たちにとり囲まれていると、展覧会の企画なんて、とても僕にはできそうにないと思ってしまう。僕らは勇気を出す必要があるね。メールのやりとりで元気をつけよう。
もうお昼だ。そろそろ起きようかと、今、大きく寝返ったら、布団の風を温かく感じた。私たちが一緒に過ごした夏は暑かった。たいへんに暑かった。もっといろいろイイことを書こうとしたが浮かびません。ではでは。
小西さん
今日は一人で、近所の空き地にきました。静かな場所です。夕暮れがせまる風景を見ていました。西日を受けて赤くなった池が輝いて見えました。夕日の色には超然としたもちまえがあります。いつも変わらないまなざしで私を受け止めてくれます。
私は、池のほとりから向こう岸を眺めていました。向こう岸には大きな木があって風に揺れているようでした。そこに太陽が沈みかけていました。それは、小さな、しかし、ひたむきなお日様でした。木の影が、くるべき夜を歓迎するかのように伸びました。そして、日が木の影の中に沈んでいくのが見えた時、なぜか涙が出ました。
そして今、わずかな光をたよりに文字を打っています。こんなときに、誰かと繋がっていると、落ち着きが出て心が澄んだような気になりますね。寂しさもまぎれます。新参の私にはこの静寂は異様なほどの普通です。