心がつぶされそうな思い|国興しラブロマンス・銀の鷹その57
「姫・・・さあ涙を拭いて。」
泣き収まるのを待ち、シャムフェスはそっと姫をその腕から放し、ハンカチを渡す。
「ハーブティーでも持ってきましょう。」
イスに座らせ、シャムフェスはお茶をいれるため別室へと行く。
「どうぞ、姫。」
「ありがとう。」
一口飲むととてもさわやかな口当たりが新鮮だった。
「シャムフェス・・」
「なんでしょう?」
黙って前に座り、やさしく微笑んでいるシャムフェスにセクァヌも弱々しいものだったが微笑を返す。
「ごめんなさい、頑張るって言ったばかりなのに。」
「いいえ、・・・いいえ、姫、お気になさらずに。」
たまらなく痛々しかった。
が、自分ではどうしてやることもできない。
シャムフェスは自分がこれほど情けないと思ったことはなかった。
そして、翌日からセクァヌは飛び回った。
まるで悲しみを忘れようとするかのようにあれこれいろいろ指示し、何かあると真っ先にそこへ駆けつけた。
傍目には悲しみから立ち上がり、意欲的に動いているかのようにみえた。
が、シャムフェスはそんなセクァヌを見るたびに胸が痛かった。
まるでピンと張った糸のように常に張り詰めているセクァヌ。
微笑んではいてもどこか違う。
いつその糸が切れてしまうのか・・・心の支えになれない自分がシャムフェスは悲しかった。
その日の夕方、セクァヌは平地が見下ろせる高台へとイタカに乗って登ってきた。
そのイタカはアレクシードの形見となった馬。
やすらかに寿命を迎え亡くなった前の愛馬イタカとアレクシードの愛馬との子供。
セクァヌはアレクと名づけようとも思ったのだが、それはあまりにも切なく、同じイタカとした。
そして、その丘のほぼ中央にアレクシードの墓がある。
『もしもオレの身に何かあったら、お嬢ちゃんとよくいくような小高い丘へ、国が再興できたのなら、国を見下ろせる小高い丘へ埋めてくれ。』と生前シャムフェスに頼んだものだった。
セクァヌは日に一度はここに来ていた。胡弓を弾いて歌ったり、アレクに話しかけたり、そして、どうしようもない時、イタカの首に抱きつき、一人涙していた。
いつもなら元気よくアレクシードに話しかけていた。
が、その日は違った。
丘へ昇ってくる途中から、セクァヌの両目は涙で溢れていた。
「アレクのうそつき!待ってたのに・・18の誕生日には必ず剣を返してくれるって言ったじゃない?・・・忘れちゃったの・・・アレク?・・・だから私、頑張ってきたのに・・・・・うそつき!夢にまで出てうそついてくなんて・・・・最低よ・・アレク・・・・」
セクァヌは墓の前で泣きながらアレクシードをののしった。
その日は、セクァヌの18歳の誕生日。
アレクシードが生きていれば彼との婚儀の日であり、死んだアレクシードが彼女を励ますため、必ず剣を返しに会いに行くと言った日だった。
来るはずはないと思っていたが・・それでも、心の底ではその言葉を頼りにしていた。その言葉だけを心の支えにして頑張ってきた。
「姫・・・・」
木陰からシャムフェスは悲しみにくれるセクァヌをじっと見つめていた。
しばらく墓の前で泣きくずれていたセクァヌが、急に腰につけていた短剣を取り出した。
「姫?」
その瞬間、シャムフェスはすでに飛び出していた。
「姫!何をなされるんです?!」
セクァヌはその短剣を自分の胸に突き立てようとしていた。
「放してっ!もういやなの。アレクがいないのに・・・・アレクがいないのに、頑張って何になるの?」
-バシッ!-
シャムフェスの手がセクァヌの頬を打っていた。
ーカシャ・・-
短剣を落としてセクァヌは呆然とする。
「どうしたのいうのです?昨日までは・・・昨日まではこのような気弱なことは・・・」
「だって・・・アレク来ないんだもの・・・待ってたのに・・・朝から待ってたのに・・。」
「待っていてアレクが来たらどうするつもりだったのです?アレクと一緒に逝くつもりだったのですか?」
「あ・・・・・」
できることなら抱きしめてやさしく慰めたかった。
が、それでは何にもならない。
「それに、私との約束はどうなるのです?」
いつもやさしい微笑みで見つめるシャムフェスの表情が悲しみに沈んでいた。
「シャムフェス・・・・でも・・でも、私・・・・」
「私ではいけませんか?」
泣くことも忘れ、うつろな目をしてそこに座りこんでいるセクァヌにシャムフェスは長年心の中にしまっていた言葉を口にした。
あまりにも痛ましいセクァヌに、押さえることができなかった。
「私が・・この命かけてあなたを愛していきます。私では・・?」
セクァヌは返事ができなかった。
シャムフェスの気持ちは、とっくの昔に気づいていた。
「あなたはアレクじゃないもの・・・」
少ししてセクァヌは呟くように言った。
「姫。」
「やめて!みんなそうなの。姫、姫って。・・・私は・・私はただの女の子でいたいの。みんな本当の私じゃなくて「姫」なのよ。アレクしか見てくれなかった。ただの女の子としての私を見てくれたのはアレクしか。」
「私は決してそのようなことは・・・」
「じゃー、それは何?なぜ最初の頃と同じように呼び捨てにしたままでいてくれなかったの?体面なんて関係ないわ。アレクもそうだったんだし。シャムフェスなんて言葉使いまで変わってしまったじゃない・・・・・・。もしそうなら、アレクと話す時みたいに私にだってそうしてくれればいいじゃない?」
その言葉でシャムフェスはぎくっとした。
そういえば、いつからこうなったのだろうと自分に問う。
そして、思い当たる。それは、セクァヌへの心を決して悟られないようにしようと決心した時からだったと。
思えばそれは、それこそ自分可愛さのあまり厚いベールで心を包んでしまう事だったのに。
ベールで包んだままの心ではセクァヌに届くはずはない。
まず自分の心の殻を打ち砕かなければ、思いは伝わらない。
シャムフェスは、セクァヌを見つめ、心の中の自分を見つめていた。
「姫・・・・いえ、・・・・ああ、それも違うな・・」
どうしてもそれまでの口調がでてしまう。シャムフェスはふっと自嘲してから、今一度言い直した。
「そうだ、オレは卑怯者だ。現実から逃げようとしたんだ。だけど、もう逃げない。」
そっとセクァヌを引き起こす。
「私・・・どうもいかんな。癖になってしまってる。・・・オレが生きている限り、死なせはしない。」
「シャムフェス・・・」
シャムフェスが心をぶつけてきていることがセクァヌにはよく分かっていた。
それまでの取り繕った口調ではなく、心の底からのもの。
そしてその言葉には、アレクシードのように溢れるばかりに心が、気持ちがこもっている。
「オレは・・・セクァヌが好きだ。ずっと前から・・たぶん、アレクに抱かれるようにして地底から出てきたその時から、ずっと。アレクが好きなセクァヌが好きだった。純粋にただアレクだけを見つめていた小さな少女がたまらなく愛しかった。その気持ちは今も変わらない。だから・・・オレの為に生きてくれないか?いや、好きになってくれとは言わない。そのままでいい。そのままでいいから生きていてくれないか?・・・・セクァヌが死んだらオレも生きていられなくなる。」
「シャムフェス・・・・」
しばらく2人は黙って見つめあっていた。
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