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眠る渚に延びる魔王の魔手|創世の竪琴・その56

その夜、昼間荒野を歩いた疲れで渚はぐっすりと眠っていた。
ふと、人の気配を感じ、渚は目を開ける。

「リ、リー?!」
渚は驚いた、ベッドの横にはリーが立っていた。

「リー、もう大丈夫なの?」
渚は起き上がろうとした、が、まるで金縛りにでもあったように動けない。

(な、何?どうしたの、私?どういう事?)

渚は焦り始めた。
何とか体を動かそうとするのだが、一向に動きそうもない。

「渚・・。」

その声を聞いて渚はびくっとした。
その声はリーの温かいそれでなく、確かにあのゼノーの冷たい声。

「リ、リー?・・・じゃない、まさか、まさか・・ゼノー?・・・」
動けない渚の全身に寒けが走った。

「イ、イル・・」
渚は階下のイルを呼ぼうとした、が、声も出ない。渚は恐怖に脅え、リーを、ゼノーを見ていた。

「渚、我が闇の女王・・」
ゼノーはゆっくりと渚の顔に手を延ばしてきた。

「いや、いやよ・・イルっ!イルぅっ!」
渚は出ない声で叫んでいた。

ゼノーの延ばした手が渚の顔を捕らえると、もう片方の手が渚の身体に延びてくる。

「イル!・・イルぅーっ!」
身動きも出来ず、声も出ない渚は涙を流す事しかできなかった。

『決して闇の者の手に堕ちるでないぞ。』
魔技のおばばの声が渚の頭に響いた。

(おばば、イル、女神さま・・)

ゼノーの身体が重く渚に覆いかぶさってくる。
その冷たい舌が渚の胸を這い、手が渚の身体を弄った。

「いや、いやあああああっ!」
と、突然、その手が、ゼノーの身体が、渚から離れた。

涙をその目に溜めたまま渚は不思議に思ってゼノーを見た。

渚の目の前には苦痛にもがくゼノーの姿があった。
リーの顔に重なるようにゼノーの顔が見え隠れしている。

ようやく身体の自由が戻った渚は、ベッドの隅に身を寄せしっかりと毛布を抱えながら、声も出さずに身を強張らせてじっとそれを見ていた。

「ぐ・・ぐ・・・・」
床に転がり、ゼノーはまだ苦しんでいた。

(リ、リーが・・・戦っているんだわ。・・・きっと・・)

「ぐ・・・・ぐおおおおおー・・・・」

どのくらい経っただろう、その声を最後にゼノーの顔が重ならなくなった。

「はあ、はあ、はあ・・・」

そこには、確かにリーがいた。
苦しそうに肩で息をするリーがいた。

「リ、リー・・・?」
渚は動かないまま、恐る恐る声をかけてみた。

「すみません、渚・・・」
まだ息づかいの荒い中、リーは顔を上げ、渚の方を見た。

「やはり・・私は一緒には・・」

「駄目!来なくちゃ駄目!・・それに、もうゼノーは行っちゃったんでしょ?」

悲しそうな顔をしてそこに座り、項垂れるリーに、渚は思わず近寄ると、その手を握る。

「渚・・・」

「もう、大丈夫なんでしょ?」

「渚・・・」
渚の問いには答えず、リーは強く渚の手を握り返した。

しばらくそのままで見つめ合っていた2人は、疲れのせいか、そのうち抱き合うようにして、そのまま眠ってしまった。
毛布にくるまり、そこに座り込んだまま。

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「あっ、す、すみません。」
その声で目が覚めたリーもその状態に驚き、慌てて渚の身体を放す。

真っ赤になった2人は、お互いに背を向けたまま、しばらく動けなかった。

「あ、あの、私・・着替えるから・・あの」

イルかファラシーナがそのうち呼びにくるだろうと思った渚は、まだ恥ずかしいのを我慢して声をかけた。

「そ、そうですね。では・・・私は。」

ゆっくりと立ち上がると、リーは顔を赤くしたままそっと部屋から出ていった。

(・・・・あれから、私・・・)

渚はリーが出ていってから考えていた、ゼノーの事とゼノーが消えてからの事を。

(あのまま・・寝ちゃったのよね・・そうよね、何も・・なかったのよね・・。)

2人はどうやら疲れの方が酷くて、眠ってしまったらしいと渚の結論は出た。

(リーのさっきの顔、真っ赤で。年上のくせに純情なんだ、リーって。)
自分も真っ赤な顔をして渚は思っていた。

「渚、起きてるか?」
ドアをコンコンと叩き、イルの声がした。

「あっ、はーい。」
渚は返事をすると慌てて着替えはじめた。

階下へ行くとファラシーナが仕度をしてくれたらしく、お湯が用意されていた。

「リー、大丈夫かい?」
起きてきたリーの姿を見つけるとファラシーナが言った。

「ええ、もう大丈夫です。
すみません、ご心配おかけしました。」

そのお湯と持ってきた食料で朝食をすませると、今度こそという気持ちで一行は外に出る。

外は相変わらず、風が強く寒かった。

リーは渚に微笑むと魔方陣を描き始めた。

「じゃ、今度こそ炎龍の元へ・・しゅっぱーつ!」
渚はリーに微笑み返すと、わざと大声で言った。

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