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龍の心臓|創世の竪琴・その58

『我は、1頭で3頭であり3頭で1頭なのだ。』

頭の中に声が重く響く。

「じゃ、じゃ、どんな魔法も効かない・・・」

『その通り。諦めて帰るがよい、人間よ。
ここまで来たことだけでも褒めてやろう。』

「そ、そんな訳にはいかないわっ!ここまで来たのに・・・みんなが・・待っててくれてるのに!」

それまで炎龍に圧倒され、動くこともできなかった渚。

が、自分を守るようにしてイルが、そしてファラシーナがリーが倒れるのをその目にし、このままではいけないと思ったその心が渚を振るい立たせた。

「女神、ディーゼの名のもと、我は願う、出でよ、ムーンソード!」

『な・・何だと?!』
驚いた炎龍の叫び声が響いた。

「行くわよぉっ!」
渚のムーンソードを握る手に力が入る。

渚の心の中にはグナルーシの、ギームの励ます声が聞こえてきた。
村長夫妻の、村人の、ジプシー団の、山賊たちの声が。

「渚、行くぞっ!」
イルの声が渚の心に響く。

炎龍の吐く業火の中を突進する渚にイルの姿が重なる。

そして、渚の手にイルの手が重なる。

「やあああああああっ!」

炎龍に今正に切りつけんとするその瞬間、ムーンソードが光りその長さは炎龍の身体を両断するのに十分な長さとなった。

『おおおおおお・・・』

「渚・・・」
倒れた炎龍の前に呆然と立つ渚に、倒れていたイルが身体を引きずり近づいて来た。

「イル?!」
渚はその時初めてさっき一緒に剣を握っていたのはイルの精神だった事に気づいた。

「イルっ!」
渚はイルを抱き起こす。

「渚、やったな・・・・。」

「う・・うん。・・待ってて。」
すうっと息を吸うと、渚は竪琴を取り出し、回復の音を奏でた。

が、リーとファラシーナは立ち上がる気配を見せない。
回復したイルが駆け寄り2人を見る。

「渚・・・・」
イルは悲しそうに首を振った。

「そ・・・そんな・・・」

渚は泣いた。
つい先程まで一緒に戦ってきた仲間の死に。

「渚、泣いても始まらないぞ。
俺たちは・・俺たちは進むしかないんだ!」
イルが渚の肩を抱き自分にも言い聞かすように言った。

「う、うん。」

イルは倒れた炎龍に近づくと、その心臓である龍玉を取り出す為、渚のムーンソードを突きつけた。

「駄目ーっ!」
それに気づいた渚は、咄嗟に駆け寄ると炎龍を庇った。

「な、何でだ?龍玉を手に入れないと。」

イルはムーンソードを構えたまま、渚に炎龍から離れるように目で示した。

「だって・・だって、まだ息をしてるわ!・・・炎龍が悪いんじゃないんだもん!」

渚の目からは大粒な涙がこぼれ落ちていた。

「だ、だけど、こうしなくっちゃ・・・」

「イル・・・ね、イル、もう一度頼んでみましょ。
心臓を取り出さなくても、何かいい方法があるかもしれないじゃない?」

あくまで炎龍から離れようとしない渚に、イルは諦め、剣を下ろすとそれを渚に渡した。

「今、楽にしてあげるからね。」

渚は剣をイヤリングに戻すと竪琴を取り出した。

「渚。」

「えっ?」

ふいに声をかけられ、渚は何だろうと思ってイルの方を見る。

「渚・・『楽にしてあげる』って事は、瀕死の者に止めを刺すって事なんだぞ。」

はっ、そうだった、と気づいた渚は、顔が火照っていくのを感じた。

「こ、こんな時に突っ込まないでくれる?
わ・・私は、回復させて楽にっていう意味で・・。」

くくっくっくっと笑うイルを背に、真っ赤になったままの渚は、それでも気を取り直し大きく息を吸うと、竪琴を奏でた。回復の調べを。

『何故私を助けた?龍玉を手にする事ができたというのに?』
立ち上がった炎龍は、静かに渚に尋ねた。

「何か別のいい方法はないんですか?何か?」
渚のその必死な、訴えるような目を見て、炎龍は目を瞑った。

静かな時が過ぎた。

イルも渚も身動き一つせず、じっと炎龍を見ていた。

『他に手だてはない。
我が心臓を、そして、水龍、風龍の心臓を共に持つがよい!』

再び目を開けた炎龍は、眩い光と共にその姿を消した。
あとには、美しく輝く3つの龍玉があった。

拳大の赤、青、緑の玉が。

イルと渚はそっとそれらを両手に乗せた。
その3つの玉は鼓動しているかのように、2人の手の中で光を放っている。

「イル・・・」

「渚・・・」

イルは渚の手から龍玉を取るとそっと用意しきた箱の中に入れ、袋にしまった。

「こんな、こんな結果になるなんて・・・こんな・・・・」
わあっ!と渚はイルの胸に泣き崩れた。

「ホントにあんたはまだネンネなんだね。
まぁ、それだけまだ世間に汚されてないって事だけどさ。
とにかく、仕方ないだろ?全ては決まった事さね。」

ファラシーナの声に2人は驚いて、その方を向いた。

「いいところを邪魔するようで、悪いんだけどね。
・・先を急いだ方がいいんじゃないのかい?」

「えっ?で、でも確かに・・・・。」

2人とも訳が分からなかった。確かに2人はあの時心臓が止まっていた。
それなのに、ファラシーナだけでなく、リーまで起き上がっている。

「多分・・・死んだんだと思うよ。
真っ暗な所にいたことを覚えてるんだ。
そしたら、急に何かが光って・・気がついたらそこに倒れてたんだ。

「私もそうです。」
ファラシーナが思い出すように言うと、リーもそれに頷いた。

「じゃ、じゃ、神龍が助けて・・・。」
そう、そうに違いない。渚は確信していた。

「さあて、龍玉が手に入ったんなら、行こうよ、太陽神殿へ!」

ファラシーナはその大輪の薔薇ような笑みを渚たちに向けた。

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