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戦の女神|国興しラブロマンス・銀の鷹その41

-カキン!ギン!ガキッ!-

今回のように長期間床についていたのは初めてだった。
セクァヌは回復してくると同時に身体をそして剣の腕を鍛え直すことを始めていた。

体調も腕もほとんど元に戻ったと言えるその日、アレクシードが相手をしていた。

勿論あからさまに見学をしているわけにはいかないが、遠くから自分の仕事をしながら、兵士達はその様子を見つめていた。

後ろに束ねた銀の髪が光を弾いて跳ねる。
鋭い視線の瞳から弾かれるように輝く金色の光。アレクシードの攻撃を交わし、前後左右に飛び跳ねるしなやかな身体。光を弾いて飛び散る汗。

誰もが心を奪われ、仕事も忘れ、そして、それを咎めることも忘れて見つめていた。

-キン!ガキッ!-

「あ、危ないっ!」
思わず声を出しそうになっては、それを飲み込んで見つめ続ける。

「アレクシード様って、姫様を大切にしてたと思ったのに・・・」

その攻撃は、手加減なし、真剣勝負とも感じられていた。
その容赦ないアレクシードの攻撃に兵士らは、冷や汗を流す。ともすればセクァヌを傷つけんばかりのその攻撃に。

「あんな訓練もないよな。」

「やりすぎなんじゃ・・・」
そんな声もちらほら聞こえていた。

「姫様、大丈夫なのかな?傷は治って体調ももう回復してるといっても、体格も体力も違いすぎるんだから、もっと手加減するべきだよな。」

いつもセクァヌを守るために傍にいるアレクシード。
そして、傷を負ってからは、それこそ大切に扱っているのがよくわかった。なのに、今日の手合いはどういうわけだ?と誰しも思っていた。

すでに数十分続いている。アレクシードは平気だが、セクァヌはかなり疲れてきている。荒い息が見ている兵士たちにも聞こえてくるようだった。

「やってるな?」

「シャムフェス様。」
そんな場面にシャムフェスが来た。

「シャムフェス様、止めてください。あれでは姫様が・・・」

我慢しきれなくなった一人の兵士がシャムフェスに言う。

一様にそんな表情で彼を見つめる兵士らにシャムフェスはふっと笑いをもらす。

「ん?止めるのか?・・・そうだな、止めるのは簡単だし、手加減させようと思えばそうもできるが・・・姫が承知しない。」

「で、ですが・・・」

「腕は同じとは言わないが、アレクシードくらいの敵兵はいくらでもいる。特に姫の周りにはそういった手合いが集中する。」

その言葉で兵士らは、はっとする。敵が手加減をしてくれるはずはない。
彼らが欲しているのはセクァヌの命。

そして、少しでも多く自分の方へひきつけようとアレクシードが最善をつくしていても、限りがある。
セクァヌ自身もそういった猛攻撃に十分対抗できる腕が必要とされる。

-ガキン!-
2人の真剣な眼差しがぶつかり合う。

「どうした、もうばてたか?」

「まだ・・・いけるわっ!」

-ザっ・・・-
-ガキン!-


セクァヌを心配そうに見つめる兵士らの顔を見て、シャムフェスは、昔を思い出していた。まだ最初の仲間だけの時のことを。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「アレク!」
シャムフェスは倒れたセクァヌに駈けより、そっと抱き起こすと、アレクシードを睨んだ。

「やりすぎだ、アレク!何も子供相手にここまでやることないだろう?」

その村には、珍しく長期間留まっていた。情報収集がてら、アレクシードはセクァヌに剣を、そしてシャムフェスは馬術を教えていた。

が、連日のアレクシードの剣の稽古は激しかった。
とても子供に、しかも少女に教えるものとは思えなかった。

「いいの・・・私が頼んだの。」

「セクァヌ?」
うっすらと目を開けて、セクァヌは弱々しい声で言う。

「それにしてもやりすぎだ!」
憤りながら、シャムフェスは木陰まで彼女を抱いていくと、そっと横たわらせる。

「水は・・・飲めるか?」

「うん・・。」
そっと抱き起こして飲ませる。

「おいしい。・・・・う・・・・」

一口こくんと飲み、嬉しそうにそう言ったかと思った次の瞬間、セクァヌは吐き気を催し、咄嗟に向きを変えて吐く。

「セクァヌ!大丈夫か?」

彼女の背中をなでながらシャムフェスはたまらなかった。

小さな・・本当に小さな背中だった。
それなのに、こんな小さな少女にどう思えばこれほどになるほどの仕打ちができるのか。

こんなのは訓練じゃない!とシャムフェスは怒りで一杯になっていた。

「アレク!」

ようやく落ち着き、木陰で眠ったセクァヌに安心したシャムフェスは、涼しい顔をして離れたところで休憩をとっていたアレクシードを怒鳴る。

「確かに剣を教えてくれと言ったのはセクァヌだ。
だが、あれはなんだ?いくらなんでも酷過ぎる!大人でもあれほどの訓練を強いられたら、いや、あんなのは訓練じゃない。虐待だ!大人でも逃げるぞ?」

「敵は手加減してくれん。」

「なんだ?」
アレクシードの視線はシャムフェスを通り越し、眠っているセクァヌに注がれていた。

「お嬢ちゃんは・・・安全なところに控えているようなことはしないだろう。」

「アレク?」
何がいいたいのか、とシャムフェスはアレクシードを見つめていた。

「なー、シャムフェス・・・。」

「なんだ?」
気落ちしたようなアレクシードの口調に、怒っていたシャムフェスは思わずそれを忘れる。

「オレは正しかったのだろうか?」

「は?」
黙ってセクァヌを見つめるアレクシードの視線を追い、シャムフェスもまた彼女を見つめる。

「一族のため、国の再興のため・・・オレの思い込みだけでお嬢ちゃんをこんな事に巻き込んだ。」

「アレク・・・」

「今ならまだ戻れる。まだ何も形になっていない今なら・・普通の女の子に。」
「アレク・・・・・」

悲しみを帯びたアレクシードの横顔をシャムフェスも悲しみの表情で見ていた。

「それは無理でしょう。」
背後から悲しみを含んだレブリッサの声がし、2人は振り返る。

「レブリッサ殿・・・」
「普通の少女に戻るには、いろいろありすぎて・・・。」

3人はしばらくそれぞれの思いにひたりながら、セクァヌを見つめていた。


「う・・ん・・・・」

「大丈夫か?どこか痛いところはないか?」

気づいたセクァヌをアレクシードは気遣っていた。
その緊張して張り詰めた小さな手足を揉み解す。
アレクシードがほんの少し力を入れるだけで簡単に折れてしまいそうな細く小さな手足をそっとやさしく。

「大丈夫よ。」

にこっと笑ったセクァヌが、アレクシードにはたまらなく痛々しく思えた。

できることならやさしく接していたかった。
が、これからのことを考えるとそうはいかない。旗印として掲げられるということは、敵の攻撃の的となることを意味する。

剣の基本は地底での訓練でできていた。そして、そこで培われた能力を足し、それは可能だと判断できた。あとは実践あるのみ。

誰のためでもない、セクァヌのためだと、自分に言い聞かせ、心を鬼にしての訓練だった。

そして、幼いながらもセクァヌもそれを感じていた。

それまでの経験で、何よりもセクァヌ本人が強くなることを希望していた。

守られるのではなく、守りたい、少なくとも自分自身くらいは自分で守れるようになりたい。

幼心にセクァヌはそう決意していた。それが自分の犠牲になっていった人たちへのせめてもの詫びであり、お礼、そして、それを繰り返さないために。


地底で培われた能力が大きな助け手となり、セクァヌの腕はぐんぐん上達していった。
それは、普通では到底考えることができないほどのものだった。

アレクシードとの訓練を始めて数ヵ月後には、少しでも気を抜くとアレクシードが1本とられるまでの腕になっていた。

それは、太刀筋を読む力。剣そのものの大きさや質、そしてそれを扱う人間の体格や能力や癖・・そしてそれらを総合してその剣が空を舞うときにできる物理的な軌道。それらをセクァヌは本能的に読み取っていた。

1秒先の太刀筋を読み取って、それに対処する。信じられなかったが、間違いない、とアレクシードは感じていた。

「戦神の申し子か・・・いや、まさに戦の神・・戦の女神の生まれ変わりなのかもしれん。」

アレクシードはシャムフェスにそう漏らしたこともあった。

勿論ダガーの腕も鍛えることは忘れていない。
が、ダガーはその中ではセクァヌが一番だったことは言うまでもない。

ある程度の距離なら遠くの物まで、しかも暗闇の中でも確実に急所を捕らえそれを貫く。
それは、誰も真似できないことだった。

一番苦手だった馬術もお気に入りの馬を手に入れてからぐんぐんと上達した。セクァヌは確実に戦士として成長していった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(あの時はオレもまだ青かったな。・・・アレクの悲しそうな、居たたまれないような複雑な表情を見て、これも愛なんだ、と気づいた・・・。・・・しかも、子供のセクァヌには、すでにそれが分かっていたんだろう・・・。アレクの本当の気持ちが。たぶん、アレク本人が意識していなかった時から。)

-キン!ガキン!-
訓練が続いていた。

(あの2人は、ああして心を紡いだんだ。お互いの心を・・2つの心を絡み合わせて1本の太い糸に。・・・決して切れることはない丈夫なものに。)
寂しそうに笑みを投げかけ、シャムフェスはそこを立ち去った。

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