狂気のバスタオル
人生、報われないことだってある。
むしろ報われないことだらけだ。
そんなことはわかっている。
愚痴を言ったって仕方がない。
だけど、どうしても受け入れ難いことだってある。
洗濯、特にバスタオルの洗濯だ。
一人暮らしも早9ヶ月目に突入しようかとしている。
実家暮らしの時には無縁だった家事だって、一人暮らしだったら自分でやるしかない。
自炊、掃除、洗濯、茶碗洗い、、、
狂気の沙汰だ。
全国の主婦の苦しみ、憤り、家事を無言で強要する夫に対する怨念、それらのすべてを一瞬で理解した。
家事が人々を苦しませる要素はおそらく2つ。
1つ目は、見返りの対価が無いに等しいということ。
自炊は食欲を満たし、掃除は清潔を生み出す。
それだけ。
もはや、リターンに対して当然、もしくはそれ以下としか感じなくなっている。人によってはそれをリターンとも思わないかもしれない。
お金という形で還元されれば家事に対するモチベーションも少なからず上がるだろう。
2つ目は、無限に続くということ
生きている限り、この拷問を続けなければならない。
NARUTO的に言えばイザナミにかかったも同然だ。そしてたちの悪いことに、抜け出る道がない。
そしてこの2つの要素をふんだんに含んだ家事、
それが洗濯なのだ。
一部の洗濯大好き倶楽部を除いて、人々にとって洗濯とはストレスの元凶に他ならない。
増えるだけの使用済み衣服。
早く洗濯しろと言わんばかりにそれで溢れかえる洗濯機/バスケット。
嫌味のように途中で切れる洗剤/柔軟剤。
乾かしてくれない11月の空。
やっと乾いて、着て、使用済み衣服に戻る
これが洗濯の現実だ。
パワハラのレベルをとうに超えている。
ただでさえストレスの溜まる洗濯だが、バスタオルの洗濯ともなればもう言葉を失う。
圧倒的な大きさ
たっぷりの水を使わないとふわふわにならないパイル
絶対に乾こうとしないねちっこさ
体を拭いただけで使用済みに戻るやる気の無さ、
だんだんピンク色に変色する突然変異
どれをとってもハイパーハイオーバーストレスフルだ。
来世は洗濯のいらない世界を期待したい。
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