ウクライナ平和の鐘 002 戦時の論理
■2022(令和4)年3月12日 002 戦時の論理
(動画の2:46~5:31)
以前江田島の海上自衛隊第一術科学校を見学した際に自衛官OBからお聞きした印象深いひとことを紹介しています。
合掌
数年前に、広島県江田島の海上自衛隊第一術科学校を見学しました。太平洋戦争時代には海軍兵学校があったところで、呉の対岸にある大きな島です。
その際、施設を案内していただいた年配の退職自衛官の方から、印象的な言葉を聴きました。
「戦争が始まってしまったならば、どんな手を使ってでも勝たなければならない。そうでなければ、負けた国の国民は大変悲惨な目に遭うのだから」
確かにその通りだなと、私は思いました。
だからこそ、戦争は起きてはいけないんです。起きてしまったら、お互いに相手に勝つまでやらなければいけない。だから平和な時代に、敵を想定して憎しみを掻き立てるようなことのないように努力をすることが、政治家の役割であり、宗教者の役割だろうと思います。
ウクライナでは、戦争が始まってしまいました。今更「やめればいいのに」といってもしょうがありません。ロシアは「始めた戦争に絶対に負けられない」と思って、攻勢を強めています。ウクライナの人たちも「ロシアの非道に絶対に負けられない」と思って、命を賭けて激しい戦いを続けています。
このような状況の中で、遠く平和な日本の市井に生きている私たちが安易に「こうすればいい」云々といっても、それはほとんど現場の役に立たないものでしょう。
どうすればこの戦争を終わらせることができるか──現在、世界各国の政府首脳が一生懸命考えて取り組んでいます。昨日は国連安保理が開催されました。その内容は、皆さん報道でご存知と思います。
こうした努力の先に、戦争の終結を、そして再び平和な時代が戻ることを願っています。
再拝
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