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能の凄み

こんばんは、まっすーです。

日本の伝統芸能はいくつかありますが、どれだけその芸能に触れたことがあるでしょうか?
日本伝統芸能の”能”は、世阿弥が大成した芸能で、無表情のお面をつけて表現されます。

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怖い、、
お面は少し怖いかもしれませんが、独特の世界観が評価され、世界無形遺産にも登録されています。

ある時、そんな”能”を見る機会がありまして、その舞台が凄すぎて20年の時を経ても記憶に残っている作品があります。
”井筒(井戸)”という作品です。
素人が見ただけですが、同じお面を被っているのに何故か登場人物が悲しそうに見えたり、嬉しそうに見えたり、、、
時が止まっているように感じる場面もありました。
能は一言で表すと”精神を感じる空間”だと思います。

今日はそんな20年経ても心に残る作品となった”井筒(いづつ)の話”をしたいと思います。

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今日は日本の伝統である”能”を観る日。
会場に入って、まず初めに気がつくのは舞台が独特な構造をもっていることだ。
通常、舞台といったら、正面のステージをイメージすると思うが、この舞台には両側にステージと同じくらいの高さの、登場人物が通る花道がある。

(これが能の舞台なのか)

何の知識もなく座って話していると開演時間となった。


唐突に”それ”は始まった。
まずステージにいる筒や笛を持った人達が、
「よぉぉおっ!」
ポン!
ヒュル〜〜ヒュル〜、ヒュル〜
ポン!
いかにも祭囃子のような、日本昔話に出てきそうな古風な音が鳴り始めた。
10分ほど音を聞いていると(体感ではそのくらいだった)、左の花道から、主人公らしい男の人が登場した。
男のお面を被っている。
かけ声と太鼓と笛を5サイクルくらいしたところで登場人物が半歩だけ”そろり”と進む。
へ?ぜんぜん進まないよ?

とにかく展開がゆっくりなのだ。

そうして30分ほど過ぎて、やっと登場人物が正面ステージにきたかと思いきや、今度は右から女の人が現れる。
これまたそろりと半歩ずつ進むのだ。
だんだん眠くなってきた。
一緒に見ていた母は、一度寝落ちしてしまい、慌てて目を凝らしたがまだ”そこ”にいたと言っていた(後で聞いた話)

1時間ほどして(体感です)
ようやく登場人物が口を開いた。


〜話の要約〜

ここは大和国、在原寺。
その昔、業平夫婦が住んだと伝えられる場所である。そこにはかつての面影はなく、荒れ果てた庭に井戸が1つあった。
そこへ僧侶がやってくる。
僧侶が業平夫婦を弔っていると、若い女性が現れた。
女はここに住んでいた業平夫婦の物語を語りだす。
「昔、ここには在原業平と紀有常の娘が夫婦として暮らしていました。
最初は仲睦まじく過ごしていたものの、業平はだんだん他の女と遊ぶようになります。
ある日、業平がこっそり家をのぞくと、妻がひたむきに亭主の帰りを待っているではありませんか。
それを見た業平は2度と妻を悲しませまいと決意し、一途に妻を愛したのです。」

話を聞いた僧侶は女に
「もっと話を聴きたいです」と言った。

「それでは、夫婦の馴れ初めをお話しましょう。
2人は幼なじみでした。小さい頃は井戸の水に顔を写してみたり、背比べしたりととても仲良しの2人でした。しかし、成長するにつれ、だんだん恥ずかしくなって会わなくなりました。
大人になってから、業平は有常の娘に和歌を詠みます。
「井筒の井筒にかけしまろがたけ
       すぎにけらしな妹見ざるまに」
(私はしばらく見ぬ間にすっかり背丈も延びましたよ)

その求愛の和歌に対して、有常の娘は
「くらべこしふりわけ髪も肩すぎぬ
       君ならずしてたれかあぐべき」
(私も時を経て髪が長くなりました。これを結って大人の女にしてくださるのはあなた以外考えられません)
と返しました。
そうして両想いの2人は夫婦となったのです」
僧侶は「素敵な夫婦ですね。なぜそんなにお詳しいのですか」と尋ねると、
「実は、私はその有常の娘なのです」
そう言って、女はすっといなくなってしまった。

夜、
僧侶は夢を見た。
今日出会った女が井戸の周りで舞うのである。
女は有常の娘そのものだった。
有常の娘の霊が夫業平の形見の衣装を身につけ、井戸の周りでひらひらと舞っている。
幼き日を懐かしみ、業平を愛おしく思い、今までの良き日を振り返っていた。
ふと自分がいつの間にか老いてしまったことに気づく。
思い出の井戸の水面を覗き込んで、

「井筒井筒、、」


そこには女のような、男のような、、
いや業平が写っているではないか。

舞台は静寂に包まれた。

懐かしきかな
そして霊はふっと消えた。

夜明けの鐘とともに、僧侶は目を覚ました。

〜要約 終 〜


印象的だったのは、有常の娘が井筒(井戸)を覗き込む場面である。
業平との幸せな暮らしを愛おしく懐かしんでいたが、ふと現実を見せられた時の虚無感や深い悲しみ、苦しみが突き刺さってくる。
そして、胸の切り裂かれそうな女の想いが、
井戸を覗き込む静寂に全て詰め込まれていた気がする。

「井筒、井筒、、」

あの静寂の時間。
呼吸や有常の娘の想いが空気から伝わってきて
自分が今どこにいるのかわからない感覚に陥った。
時が止まったように感じた。




この感覚だけは
20年経った今も、忘れられない。


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