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しあわせのきいろいはんかちひろばーゆうばりし
油絵 4F 横242x縦333 2020年作成 

幸福の黄色いハンカチ

夕張市は30年ほど前から良く訪れた町です。
石炭の博物館やメロン城、冬にはマウントレイスイのスキー場と四季を通して楽しませてくれる町でした。16年前(2007)に財政破綻してから人口は激減し、最盛期の12万人から今は7千人を割っています。更に、2019年にJR夕張支線が廃線となり鉄路も止まり、訪れる人は遠のくばかりです。

それでも、夏には道道3号線をレンタカーで走る若いカップルを見かけます。昨年も見ました。

この絵は、同じ場所から描いた3点目のものです。
映像のラストシーンでは道道38号線から左折し夕張支線の踏切を渡る場面があります。この踏切は無く鉄路は外され、かつては夕張の玄関駅であった「鹿の谷駅」の看板は取り外されています。
町を走ると空き家が多いのに驚きます。9割以上の人口減ですから当然といえますが、訪れてみないと廃墟感は中々わからないと思います。
広場に掲げられている「黄色いハンカチ」だけが30年前から変わりません。しかし、この風景がいつまで続き・・消えてしまうか心配になり描いてしまいました。

空知地方は国内最大の産炭地として最盛期には100炭鉱、83万人の人口を擁し、日本の近代化を支えてきました。国のエネルギー政策の転換による合理化、閉山が相次ぎ昭和40年代には空知の炭鉱は姿を消しました。
しかし、炭鉱関連施設は生産から生活にいたるまで多岐にわたり、まさに屋根のない博物館として残されています。

下記は昭和40年の夕張市映像を観た私の感想を書いています。

幸福の黄色いハンカチ広場

「幸福の黄色いハンカチ」(しあわせのきいろいはんかち)
高倉健が亡くなって、テレビで連日出演の映画が放映されていました。
北海道で撮影された映画は多く、過疎の町が久しぶりに賑わいます。
高倉健の代表的なロケ先として網走・稚内・増毛・南富良野・函館・中標津などがありますが、私は「幸福の黄色いハンカチ」の夕張が好きです。
この映画は昭和52年の封切で、空知地方の炭鉱がすべて廃坑になった時代です。昭和時代が映し出されているのと、北海道の町を走り、夕張までの約1000キロのドライブが見ものです。

このドライブコースを私なりに推測してみました。
撮影当時は東京と釧路間にフェリーがあり、釧路が最盛期の時代です。
武田鉄矢は釧路を出発して網走に入り、駅前の食堂で知り合った桃井かおりを乗せて、小清水町の原生花園の砂浜で高倉健と出会い三人旅となります。美幌峠で屈斜路湖をバックに記念写真を撮り、阿寒に入って一泊し、翌日足寄・本別を通って帯広市街に入ります。
ここから、夕張を目指すことになるのですが、国道38号線で帯広から狩勝峠を越え富良野を経由し、いよいよ炭鉱の空知地方に入ります。
芦別・赤平・歌志内・上砂川から砂川に出て国道12号を左折。ひたすら南下して岩見沢市の手前岡山交差点から三笠に入ります。栗山町の角田交差点から道道3号線に入り終点夕張を目指します。

真っ赤な5ドアファミリア

黄色いハンカチがなびくのは鯉のぼりのポールですが、炭鉱宿舎の一角に立てられています。
映画では夕張支線の踏切を越えて、ゴールまでかなり走るのですが、実際にはすぐ左折して丘を上っていくと、黄色いハンカチが鮮やかに目に入ってきます。絵はこのハンカチの見えてきた場面を描いてみました。
武田鉄矢が運転していた撮影の車は、この宿舎に展示してあります。

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43.0247515, 141.9760082


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