記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画『ラストマイル』雑感〜求めつづけている限り、人間は踏み迷う〜

※アンナチュラルとMIU404と野木さんの脚本が大好きな人の映画初見雑感です。ネタバレを含みますのでご注意ください。




What your want?



「まぁ、間違えてもここからだ」
「そういうこと~!機捜404、ゼロ地点から向かいます、どうぞ~!!」

4年前、MIU404でそう締めくくられた物語はゼロ地点を出発し、
そして2.7m/sで前進し続けた先に今がある。
その物語の顛末のひとつがこの「ラストマイル」。


まず大好きな野木さんの脚本の魅力が随所に。
「404」というキーワードの使い方。
時間軸の使い方、ホワイトハッカーというバックグラウンドの使い方とその隠し方。巧い。
2つの異なるロッカーの効かせ方、やまざき⇒やまさきの濁点による気付かせ方など、とにかく巧い。無駄がない。観る者を常時高揚させる。

配送業を営む善良なのにどこか不遇な佐野親子に共感が集まっていく図式、そこからのラストへの繋がりがまた圧巻だった。
誰もがあの場面、この善良な親子を助けてくれと願っただろう。
そんな風に「じぶんごと」として誰かのことを想うこと。この感覚こそが今のこの世の中に、私たち人類に必要なものなのではないかと思う。(そして筧まりかが周囲に求めていたものもこれだったのではないだろうか)

現に佐野親子が物流倉庫での爆破に巻き込まれた直後、劇場内のエネルギー量が上昇して室温が上がった。私は職業的に人のエネルギーの上下に過敏なため、この現象は特筆すべきものがあった。人の感情が動くと場のエネルギーも動く。人々が誰かを気にかけ「じぶんごと」と捉えた時に何かが動くかもしれない、ともしも筧まりかが考えたとしたら、Correct。
しかし手段としてはIncorrectだった。
人はいかなる理由があっても、人に危害を加えてはならない。




雨の日に、配送する荷物にわざわざビニールシートをかぶせて荷物を届ける老父のその心の姿勢が、罪のない人の命がかかった最大の危機に、理屈抜きで命を救うことを優先して動ける息子を育てたのでしょう。
命を優先できる人間と、そうでない人間との対比がはっきりと描かれているのもこの映画の特徴と言える。

よくファンの間で、アンナチュラル は「間に合わなかった人と残された人」の物語、MIU404は「間に合わせるために奔走する人」の物語と表現される。

今回も「間に合った」人、「間に合わなかった」人でそれぞれ人の未来は分かれた。
そこにラストマイルでは「間に合わせなかった」人が加わる。
 
しかもその背後には無意識の加害者が夥しい数存在し、そこにもしかして自分も加担しているのかもしれないという図式を容赦なく突きつけられる。


「誰も何もしなかった。だから今があるんじゃない?」

エレナのこの台詞は自らにも投げられたものであり、スクリーンの向こうの私たちにも投げられたもの。
安い労働力に依存し、価格競争に負けた質の良いものは淘汰され、本当は何が欲しいのかもわからなくなった状態でたいして欲しくないものまで所有するような、踏み外した豊かさ。その先に今の価格高騰もあるんじゃない?




「間に合わせなかった」人に話を戻す。

ある重大な事実を知ったエレナは、それをすぐに警察へ話そうとする孔を引き止める。ニューヨーク証券取引所の取引時間が終了するまでは伏せると。人命よりも自社の株価下落阻止を優先した。

そうしている間にも爆破物は次々と配送されていく。しかし彼女は、
「人が死ぬかもしれない。でも私の知っている人じゃないし、毎日世界中のどこかで誰かは死んでいる」。
だから罪ではない、それが道理なのだ、と。


幸か不幸か、一連の爆破による被害者は劇中のニューステロップによるとほとんどが重症、軽傷と思われる。死亡したのは、冒頭の里中浩二(筧まりか)本人のみ。

おそらくまりかは自分以外を巻き込まない(死なせない)よう殺傷能力の低い爆弾を発注している。
しかも「爆発しなかったらごめんね」、と渡されるような不良品を含む粗悪品だ。
時間経過と共に部品が劣化し制御が効かなくなる二重欠陥品で、12個240万円の爆弾だった。(正直安いと感じた)(そもそもが、元々殺傷能力の高い爆弾を作れるような人選すらしていないのだろう)

筧まりかはおそらく他を巻き込むことなく、自らの命と引き換えにブラックフライデーを止めようとした、5年前の山崎と同じように。
なぜ彼がそうせざるを得なかったのか答えを求めるように。

彼女はカセットコンロの引火により、爆破の威力を有殺傷能力まで引き上げた上でスイッチを押し自爆している。直視する丹力を求められる、黒焦げの遺体と共に衝撃の場面だ。
その時、彼女が流す一筋の涙に。
あの涙にはどんな意味があったのか。
意識はなくともまだ命ある恋人を置いて行くことに対する涙なのか、それとも、その命を差し出したとしても本懐を遂げられたかどうかの結末を知ることは出来ない無念の涙なのか。それとも、それとも。

そんな筧まりかに対し、「…見上げた根性だ」と中堂は言った。
そしてミコトは言う、「そんな根性なら無い方がいい」。
無い方がいい。そうだ、なくていい!

山﨑と筧の根性の使い道。確かにそこを変えられれば、少なくとも違う結末は待っていたのかもしれない。

かつてアンナチュラル で三澄夏代は言った。
「生きてる限り負けないわよ」

そしてMIU404で伊吹藍は言った。

「生きていりゃあ何回でも勝つチャンスがある!」


5年前、二人に届けたかった。ラストマイルには遅すぎた。




人の命を奪う粗悪品を作る者もいれば、
片や人の命をも救う立派な自社製品を作る技術を持った人が、その技術を持て余し配送業に就いている矛盾。
私たちはいったい、何に対して、何のための対価を払っているのか?
What your want?

山崎やエレナ、孔、五十嵐にしても、(おそらく筧にしても)、それぞれハイスペックな人材なのは間違いない。本来あるべき在り方で能力を発揮できる場と構造を、彼ら自身が「欲しい」と言えない、思えないほどに消耗させている構造悪。


巨大なロジスティクスセンターで働く数千の派遣社員は、「ブルーパス」と呼ばれている。エレナたち、それを使う側は「ホワイトパス」。
いずれにしても、彼らもまた集団の中では個人として扱われることはなく、どこまでも「404 not found」でしかない。

DAIRY FAST社に対し弱い立場として現場で次々と追い詰められていく羊急便。さらにその下請けの佐野親子。
この両者は現場で顔を突き合わせるからまだいいが、ひたすら指示だけ送りまくるエレナも、まして羊急便自社の社長でさえも、現場にはいない。誰も彼もがスマホの向こう側。
エレナに関しては顔を合わせたこともなく、八木は両者から捲られまくる中、それでも懸命に現場を回す。これも根性だ。

終盤、疲弊しきった八木は「終わった」と、自らをそう結論づける。
終わりとは何を指すのか?
働けなくなったら終わりなのか。
山崎のように植物人間になったら終わりなのか。

例えば筧まりかが本当に山崎を愛しているのなら、まだ生きるべきだったのではないか。

しかしここでまりかがDAIRY FATS社に対し「贖ってくれるのか!?」と言った一言が重く圧し掛かる。
台本に「償う」ではなく「贖う」を選んだ、この言葉の意味の違いの重さが重いのだ。

「贖う」は主に罪や過ちを補うために、その責任を全うする行為。
「償う」は、間違いや損失を補うために行われる行為。
両者の大きな違いは、前者が「罪」に対する補償行為であるのに対して、後者が一般的な「間違い」または「損失」に対する補償行為であるということ。
https://kotonoha-dictionary.com/redeem/

コトノハ辞典より


畳み掛けるような頭の回転と論破力と正確な実行力を持つエレナ。
しかしそんな彼女も終盤、山﨑がロッカーに残していた答え(本来筧まりかに伝えるべきだったもの)には気づけなかったと悔やむ。たぶんそれは、社会的な駒として優秀な反面、人の心・感情を慮ること、機微を汲み取ることには何かひとつ欠けていたものがあったのかもしれないし、エレナ自身もまた渦中で己を守るのに必死だった。

そして偶然、爆弾のトリガーを外してしまったエレナを最後まで見捨てなかった孔。
エレナの行動に対してひとつひとつに違和感を浮かべる前半の表情も良かったし、根底に眠らせている善良な人としての正義感成分をまだ周りより多く残したままの彼に、エレナから手渡されたロッカーの鍵。

彼の物語の続きも、いつかまた見てみたい。




表と裏で使い分けられるマジックワード。
歯車として使われてきたエレナ自身が巧みに自分のための歯車として使ってきた10のマジックワード。言葉が持つ闇の魔力を使い分けてきた彼女が、サラへ最後に贈ったマジックワードがまるで呪いだった。

「爆弾はまだある」




ラストマイルには「完全な食事」というものがほぼ出てこない。
アンナチュラルではミコトが食事を大事にしていたし、MIU404ではうどんやメロンパンなど象徴的なフードが出てくるが、ラストマイルではせいぜい片手でつまめるスナック類、ファストフード系、そして10分で食べ終えるお弁当、家族が揃わない食卓といったところ。
ここにもこれまでの物語・世界線との対比が出ていたと思う。

本当に、私たちは今、何に対しての対価を払い、何を得るために働いているのだろう。豊かさって何だろう。



DAIRY FAUST

ファウストは「幸福な」「祝福された」を意味するラテン語名ファウストゥスに由来する。 また、ドイツ語では拳骨、転じて砲を意味する語でもある。
筧まりか自身が考案したプロジェクト名だったとも推察するが、DAIRY FAST社への鉄槌の意味があったのではないかと思う。

そしてもうひとつ、パンフレットでも開示された通り、ゲーテの代表作「ファウスト」とのWミーニングだった。
そう、「ファウスト」にはメケメケフェレット……もとい、メフィストフェレスが登場するのだ。

MIU404ファンであればハッとするキーワードのひとつ。
メフィストフェレスという実体の見えない存在を、しかし確かに存在する正しさを捩れさせている構造や集合意識や善ではないのに蔓延っているものの呼称として用いられた。

私はこのメフィストフェレスでさえも本来の実体は404not foundだと考えている。
ただ、一人一人のマインドの中には概念(既成概念や恐怖心など)として確かに存在する。
人は姿の見えないメフィストという概念に踊らされ翻弄され傷つき倒れる。

柴田翔訳『ファウスト』より。
「求めつづけている限り、人間は踏み迷うものだ」

本当は何が豊かさで、何が欲しいのかもわからないまま突き進む限り、メフィストフェレスは人々を蝕み翻弄し魂を連れ去り続ける。




アンナチュラルで友人の自殺を止めるのが「間に合わなかった」白井くん。
中堂に「赦されるように、生きろ」と言われた通り、人を助けながら劇中で生きていた。

MIU404で分岐点を正しい選択で踏み止まった勝俣くん。
彼が機捜の一員として登場してくれることで、かつて彼と関わった九ちゃんの存在も遠回しに残してくれたように感じている。



2.7m/s→0

      70Kg

志摩と伊吹の素数の件もあるので、今回も何か裏があるのかと物理の記事なども引っ張り出し、いろいろ考えたものの。私にわかるはずもなく笑。

というか、わからなくてもいいのだと思い考えるのをやめた。
もしわかろうとするのなら現実的な事実より、当時の山崎の心境、状況、痛みをわかる人でありたいと思った。「じぶんごと」として。

私はただシンプルに、「0に戻そう」(物流を止めて)の解釈で良いと感じている。
MIU404がゼロ地点だったのだし、それで良い気がするのだ。
何度でもやり直せる世界がいい。

もしかしてベルトコンベアを止める手段なら他にもあったかもしれない。
まともに考えられる心身の状態であれば。
そんなもの五万と思いつくかもしれない。
でも限界にいる人間は違う。

山崎や筧に本当の部分で何があったのか、描かれていない部分は多い。
逆にその余白こそが、これまでアンナチュラルでもMIU404でもずっと描かれてきたものだったし、そこに闇雲に手を突っ込み真実を求めるのは何か違うよ、と言われ続けてきているのが私たちアンナチュラルとMIU404を愛するファンであると思うので。




メモ書きがいっぱいになった割に、たいした感想は書けなかったです。
でもこの2024年に、大好きな2つの作品に、UDIに、機捜に、逢わせていただき、スタッフ・キャストのみなさまへ本当に心から愛と感謝と尊敬を贈ります。

本当に本当にどうもありがとうございました。
信じて待っていてよかった。生きていてよかったです。

ラストマイルはノベライズ化されたら絶対読みたいですね。
文字で追うことで、また見えていなかった部分が見えてくる作品なような気がします。





いただいたサポートは形而上学と魔法の学び、そしてヒーリングサロンを通じて必要としている方へのサポートとして循環させていただきます。