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北海道ゆかりの人たち 第九位 吉葉山(よしばやま)

2022年11月に公開した年は1名のアクセスでした。翌年283、463、今年は現在352で1,099と1000を超え八位の石川啄木に迫っています。👇


吉葉山

1920年(大正9年)4月3日 - 1977年(昭和52年)11月26日

北海道厚田郡厚田村(現:石狩市厚田区)出身の元大相撲力士。
第43代横綱。本名は池田 潤之輔(いけだ じゅんのすけ)

上の写真は石狩市厚田区の道の駅石狩「あいろーど厚田」の三階、歴史を紹介するコーナーに掲げられています。
厚田村が排出した偉人四人の中の一人です。

大正9年の生まれなので赤紙が届いて戦争に行っています。
この時に弾丸を二発受けて一発は体内に残りました。

昭和13年1月13日、雪の降る朝、17歳の潤之助は帯広駅を発って東京へ向かいました。ところが、この終点上野駅で運命は大きく変わります。

夜行列車で上野駅へ到着すると二人の若い力士が、体の大きな潤之助を新弟子と間違えてしまったのです。潤之助は、必死で抵抗。しかし、二人は全く耳をかさず、無理やり高島部屋に連れて行きました。部屋に到着してから人違いだったことが判明。力士から謝罪を受けましたが17歳で身長179センチ、体重79キロの大男を親方はオイソレと手放すわけにはいきません

孫弟子・白鵬

吉葉山が亡くなってから約30年経った2007年5月場所後、白鵬が大関で2場所連続優勝を果たしたことで第69代横綱に昇進、横綱土俵入りの型は吉葉山が行った不知火型を継承。
白鵬は竹葉山の弟子であり、吉葉山の孫弟子に当たります。同年6月1日、白鵬が明治神宮で行った奉納土俵入りでは、吉葉山が現役当時に着けていた三つ揃えの化粧廻しを使用していました。


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