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本は静かに積み上がる(2023/5)

 読んだ本の紹介文を書けと言われたものの、こちとら筋金入りの積ん読派である。
 買った本を報告するだけでよいというので引き受けてみた。
 自己紹介は省略する。
 本よりも、私という人物に興味があるという奇特な御仁は、2018年のこちらの記事 http://www.core-nt.co.jp/syoten_nav/archives/12493 をご参照いただきたい。
 さて、買った本の報告である。
 どのくらいの頻度で更新するのか・できるのかわからぬままの見切り発車だが、とりあえず、およそ1ヶ月分を目安としておこう。
 リアル新刊書店で購入したもの、つまり、いま町の本屋でふつうに入手可能なものに限定する(古書や電子書籍は除外するということ)。
 読んだ部分がある本については内容に触れることもあるかもしれないが、基本的には、その本をどうして購入したいと思ったのか、理由を書き添えるだけにとどめる(直接のきっかけは、9割方、ツイッターで情報を見て、であるが)。
 そんな本を読むよりもこれを読めというお叱りや、そんな古典的名作をお前は今の今まで読まずに生きてきたのかというお叱りや、そんなに次々買って積まずにちゃんと読めというお叱りや、叱られることしか想像できないが、ひとまず始めてみよう。
 以下、敬称は、最大限の敬意を込めて省略する。

1. 『スピノザ全集5』(上野修訳、岩波書店)


 「神、そして人間とその幸福についての短論文」収録。「エチカ」収録の3巻もすでに買ってある。もちろん積ん読である。岩波文庫の畠中尚志訳もひととおり持っているが、おそらく『エチカ』をいちど通読したっきり。新書の解説書は上野修『スピノザの世界』(講談社現代新書)、吉田量彦『スピノザ』(講談社現代新書)、國分功一郎『スピノザ』(岩波新書)としっかりそろえて、しっかり積ん読中だ。はっきり言ってスピノザはよくわからないのだが、個人的には、読むとデカルトの影響力と偉大さを再認識させられる。そういえば、『みすず』2022年1/2月号の読書アンケートで、加藤尚武が《デカルトに言及するなら、ドゥニ・カンブシュネル『デカルトはそんなこと言ってない』(津崎良典訳、晶文社、二〇二一年)を読まないと重大な間違いを犯す》と書いていたので買った『デカルトはそんなこと言ってない』も積ん読だ。

2. 近松門左衛門『曽根崎心中/冥途の飛脚/心中天の網島』(諏訪春雄訳注、角川ソフィア文庫)


 ふと、誰かに映画をおすすめしてもらいたいなと思い、とりあえず自分の好きな映画をリストアップし、「これが好きな私に、あなたは何をすすめてくれますか?」と話を持っていこうとしたのだが、うっかり1監督1作に限って100作品を上げてみようという趣向にハマってしまい、未見の作品を見まくりながら現在に至り、まだ誰からもおすすめ映画を聞けないままだ。リスト作りの参考にめくった塩田明彦監督の『映画術』(イースト・プレス)で取り上げられた映画に『曽根崎心中』(増村保造監督)があったので、原作も読もうと買ったのがこれ。そして、映画のブルーレイも、この本も、積んだまま。このまんま、この世の名残り、とはなりませぬよう。

3. ホーソーン『完訳 緋文字』(八木敏雄訳、岩波文庫)


 上記の映画リスト作りの過程で見たデヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』がおもしろかったので、ついでに『ツイン・ピークス』も見てみる。登場人物が、とある場面で偽名を騙る。それを聞いた相手が、すぐさま小説の登場人物の名前を使いやがってと見破る。その名は「ヘスター・プリン」。ぴんとこなくて検索し、『緋文字』の主人公と知る。19世紀半ばのアメリカ文学だと、ポーやソローやホイットマンやメルヴィルなんかはすこし読んだが、ホーソーンは名前しか馴染みがなかった。そこでめでたく積ん読の仲間入りである。

4. 『将棋世界』2023年5月号


 現在、毎月購入している唯一の雑誌(文芸誌も特集内容によっては買うが、毎月ではない。近年は『群像』を買うことが多い)。私は、小学生のころ、谷川浩司が21歳で最年少名人となったニュースに触れ、羽生善治と同年代(いわゆる「羽生世代」)の人間として将棋界の動向に注目してきたが、最近は、将棋対局ネット中継の増加にくわえ、藤井聡太という超天才の登場やAI将棋ソフトの導入によって、将棋の観戦環境が劇的に変化し、たいへんおもしろくなったと感じている。
 ちなみに、大川慎太郎『証言 羽生世代』(講談社現代新書)は、藤井・AI出現前夜の状況がよくわかる棋士インタビュー集の好著。

5. 若島正『盤上のパラダイス』(河出文庫)


 若島正は英文学者・翻訳者として著名であるが、将棋ファンには、詰将棋作家として知られており、上記の雑誌『将棋世界』に掲載される懸賞詰将棋の作者も務めている。本書は、詰将棋専門雑誌『詰将棋パラダイス』(通称・詰パラ)の歩んだ紆余曲折の歴史を活写し、マニアが沼にハマり脳内に壮大な宇宙が広がるさまを描きながら、ハタから見れば爆笑ものの奇人変人見本市、なのにその情熱にちょっと泣けちゃう一冊だ。小出版奮闘記としても興味深い。積ん読派の私も一気に読了してしまった。

《もしかすると、わたしの作った詰将棋はこうして療養している人々のささやかな生き甲斐になっていたのではないか。死を前にして、死を忘れることのできる、ささやかな生の時間を提供していたのではなかったか》(p.113)

6. 『コルタサル短篇集 悪魔の涎・追い求める男 他八篇』(木村榮一訳、岩波文庫)


 これも映画リストがらみ。ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』は、フリオ・コルタサルの「悪魔の涎」という短篇にインスパイアされたもの。写真がキーアイテムになるということ以外は、小説と映画は、ほぼ別物であった。映画の主人公(カメラマン役のデヴィッド・ヘミングス)が宮台真司っぽいなと思いながら見ていたのだが、最近の配信番組で宮台本人がそのことに言及していた(「DOMMUNE RADIOPEDIA」 2023/3/14 https://onl.tw/rV6TsBq )。 ラテンアメリカ文学といえば、なんといってもガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(鼓直訳、新潮社)であろう。積ん読派だが、これはなぜか読了している。

7. 小林秀雄『作家の顔』(新潮文庫)


 「推し」は見つけるものじゃなく、向こうからやってきてぶんなぐられるように出会うものだというツイート https://twitter.com/proofkiss/status/1644194194867781632 がバズっていて、元ネタは小林秀雄の例のアレかなと思い、孫引きや要約で変形される名言が多いので、原典を確認するために購入した。小林秀雄の例のアレは以下の通り。

《僕が、はじめてランボオに、出くわしたのは、廿三歳の春であった。その時、僕は、神田をぶらぶら歩いていた、と書いてもよい。向うからやって来た見知らぬ男が、いきなり僕を叩きのめしたのである》小林秀雄「ランボオ Ⅲ」『作家の顔』(新潮文庫)、p.239。

8. 『IN/SECTS』Vol.16、特集:本をつくる


 雑誌『IN/SECTS』は、2022年のVol.13で本屋特集をやっていて、そのとき以来の購入。今号は、おもに地方の小出版社の特集。80社以上の出版社が紹介されている。下に出てくる『電車のなかで本を読む』の著者である島田潤一郎・夏葉社代表が、今号のミシマ社代表・三輪舎代表との鼎談に参加している。残念ながら北海道の出版社はなし。ほかにもリソグラフやZINEの記事もある。つい先日、有島武郎が『泉』という個人雑誌を発行していたことを知ったのもあり、私も、コンビニコピーのホチキス綴じでよいので何か本をつくりたくなった。

9. 『生きることの意味を問う哲学 森岡正博対談集』(青土社)


 『現代思想』に掲載された対談を中心に収録。対談相手は、戸谷洋志、小松原織香、山口尚、永井玲衣。主題は、反出生主義、被害者-加害者関係、日本(語)の哲学、アカデミアの内外における哲学。雑誌掲載時にすでに読んでいた山口尚との対談は、大森荘蔵をめぐる議論で、それがおもしろかったので、この本も買ってその他の対談も読もうと思ったのだが、立ち読みのときに永井玲衣との対談で出てきたあるエピソードに感動して、次の本もいっしょに購入することになる。

10. 永井玲衣『水中の哲学者たち』(晶文社)


 さまざまな場所で哲学対話をおこなう著者による哲学エッセイ。直接の購入契機は、上記の『生きることの意味を問う哲学』(青土社)に収められた森岡正博との対談。永井がファシリテーターを務めた哲学カフェで、ゲストの大学教授が哲学用語をバリバリつかったこむずかしい話をした回が終わったあと、参加者のおばあさんが永井を呼び止め、「好きだった木が許可なく切られてかなしい。それをあなたに聞いてほしかった」と語りかけた、という『水中の哲学者たち』に出てくる話を、森岡が取り上げ、《このエピソードに一番感動しました》と。

11. 高峰秀子『わたしの渡世日記』上下巻(文春文庫)


 これも映画リスト作りから。成瀬巳喜男監督の『浮雲』や『放浪記』が好きで、それらで主演している高峰秀子が最も好きな女優だと公言もしてきたが、上述の塩田明彦『映画術』(イースト・プレス)で分析された『乱れ雲』を見直して、成瀬巳喜男の演出設計に感心し、その中でしっかりと身体表現する高峰秀子にさらに感心していたところ、『文藝春秋』2023年5月号の特集「私の人生を決めた本」で経営学者の楠木建が『わたしの渡世日記』を上げているのが目にとまり、上下巻まとめて即購入。ただし、『浮雲』を見直してから読もうと積ん読中。

12. プラトン『ゴルギアス』(三嶋輝夫訳、講談社学術文庫)


 文庫で読めるプラトン、近年は、光文社古典新訳文庫でも新訳が出て、複数訳を手軽に比較しながら読むこともできるようになった。その流れには感謝しつつ、『ティマイオス』と『クリティアス』の文庫化を昔から切望している。岸見一郎訳(『ティマイオス/クリティアス』白澤社)を持ってはいるのだが。岩波文庫でアトランティスの話が読めたら、すばらしいと思うのだが(岩波の『プラトン全集』にはもちろん『ティマイオス』も『クリティアス』も収録されているけど)。『月刊ムー』方面の読者にも『ティマイオス』『クリティアス』需要はあると思うのだが。オリハルコン!
 さて、今回買ったのは『ゴルギアス』、講談社学術文庫で出た三嶋輝夫による新訳である。口先だけの論破芸が蔓延する現在、プラトンの対話篇を再読する意義は大きいように思う。とりわけ『ゴルギアス』は。

13. 松村圭一郎『旋回する人類学』(講談社)


 私のような一般読者の目に届く範囲だと、最近の思想界の流行は、どうやらケアと人類学(なかでもマルチスピーシーズ人類学)と思える。ちょっと前のマルクス・ガブリエルのブームのころは、思弁的実在論やオブジェクト指向存在論もすこし注目されていたか。本書は、マリノフスキーやレヴィ=ストロースなどの古典的文献を紹介して人類学という学問の歴史をたどりながら、現在における人類学的思考の意義を問い直す。6章の「病むこと、癒やすこと」では医療人類学などの議論を通してケアの視点を検討している。

14. 游珮芸・周見信『台湾の少年1』(倉本知明訳、岩波書店)


 エドワード・ヤン監督の『牯嶺街少年殺人事件』も上記映画リストには当然入れている(1992年の最初の日本劇場公開時に見た)のだが、実は台湾の歴史をよく知らないままに見ていたのをあらためて反省し、この機会に最低限のことを知ろうと思い、胎中千鶴『あなたとともに知る台湾』(清水書院)をまず読んだ。さらに新書に手をのばそうかと考えていたところ、書店の歴史書コーナーで、昨2022年刊行のこのマンガを見つけた。全4巻で各巻2400円(本体)なので、積ん読どころか、購入してそろえるのもひと仕事だが、とりあえず第1巻を。

15. 島田潤一郎『電車のなかで本を読む』(青春出版社)


 夏葉社代表の島田潤一郎による読書エッセイ。ひとり出版社で復刊を中心に良い本(関口良雄『昔日の客』など)を出しつづけていると同時に、御本人が書く文章もいつもすばらしい。よわくてやさしくて、でもまっすぐな文章。
 拾い読みして、こんな一節に共感しました。
《本をとおして買っているのは、知識ではなく、ノウハウでもなく、時間です。豊かな、たっぷりとした時間》(p.167)
 ここで言わんとしていることとはすこしちがいますが、私も書店員時代、本の内包する(あるいは新たに開く)時間について思ったことがあって、レジでお客様に本を手渡しながら、「この人たちは、少なくともこの本を開く時間分は生きようとしている!」と。それがエロ本であろうと分厚い辞典であろうと。
 そして私の部屋には今、もうすでに、一生では生ききれないくらいの時間が積み上がっているのです。