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編集担当Xの拾い読み(2023/10)

*仕事で読んだ本のメモです。

新潟大学日本酒学センター編『日本酒学講義』(ミネルヴァ書房 2022年)

序章 日本酒学への招待 鈴木一史・岸保行

・新潟大学で2018年にスタートした「日本酒学(Sakeology)」の取り組みについての紹介。日本酒学のコンセプトと設立の経緯について。
・日本酒学とは日本酒という限定された対象を領域横断的に(農学、工学、理学、経済学、経営学、人文学、社会学、法学、教育学、歯学、薬学、保健学など)研究する総合科学。
・新潟県、新潟県酒造組合、新潟大学の産官学連携で2017年に連携協定を締結。もともと農学部と県醸造試験場の共同研究があったところに経済学部教員からの「日本酒学」構築の提案があった。
・ワイン学(Oenology)を参考にしている。
・日本酒学センターを2018年に設置(醸造ユニット、社会・文化ユニット、健康ユニットからなる)
・本書は2018年(初回)の日本酒学A-1、A-2の講義を基に構成。(日本酒学Bはきき酒実践、酒蔵見学、地域活性化についてのディスカッション、ペアリング実践、マナー学習などの実践的な内容を学ぶ集中講義)

第1章 日本酒とは 平田大

1 基礎知識:水分子(様々な物質を溶解できる)、グルコース(アルコール発酵の出発物質)、アミノ酸(味物質やタンパク質の構成分子)、酵素(特定の基質とだけ結合して化学反応を促進する。至適条件と失活)、香味(糖類、有機酸、アミノ酸、高級アルコール、エステルなど)、醸造微生物(麹菌と出芽酵母)
2 酒類の分類:醸造酒(清酒、ビール、ワインなど)、蒸留酒(焼酎、ウイスキー、ブランデーなど)、混成酒(合成酒、みりん、リキュール、甘味果実酒など)
3 酒類の製造法:1 糖化(デンプンをグルコースに分解)と2 アルコール発酵(グルコースをエタノールに変換)。日本酒は1と2を同時に進行させる並行複発酵(ビールは単独複発酵、ワインは原料のブドウが糖なので糖化過程が無い)
4 日本酒の定義と分類:日本酒(清酒)の定義は酒税法第三条七号にある。清酒の種類は酒税法により三つに分類(純米酒、普通酒、糖類を使用した普通酒)。「吟醸」「純米」などは特定名称清酒の種類。醸造アルコールの使用量、こうじ米の使用量、精米歩合によって定義される。「純米大吟醸」は米、米麹、水飲みを原料とし精米歩合50%以下の白米を使用したもの。
5 日本酒の原料と製造法:水(カルシウムとマグネシウムの濃度(「硬度」)と他のミネラルの濃度が酒質の形成に寄与)、米(酒造好適米と一般米の二種類が原料として使用される。前者は粒が大きく、麹菌の菌糸が繁殖しやすい心白という粗いデンプン構造の部分を持つ)。
6 清酒の製造法:1 原料処理(精米、洗米、浸漬、蒸し。雑味の要因となる成分を減少させ、麹づくりに適した蒸米を得る)、2 製麹(せいきく。 引き込み、床もみ、切り返し、盛、仲仕事、仕舞仕事、出麹の各作業で温度と水分を調節し麹菌の繁殖を制御する。約48時間以上かかる)、3 酒母(有料酵母の大量培養と乳酸による醪の酸性化。速醸系と生酛系の二種類の製造法がある)、4 醪(もろみ。酒母、麹、蒸米、水を発酵タンクに入れて発酵させたもの。三回に分けて仕込むことで並行複発酵を可能にしている。)、5 上槽(圧搾。発酵が終了した後に圧搾して清酒と酒粕に分ける)、6 製品化(澄んだ部分を別のタンクに移動させ、低温加熱して混入微生物を殺菌するとともに残存酵素を失活させる。低温貯蔵し、官能評価して品質を確認。瓶詰時に再加熱して製品となる)

第2章 日本酒の歴史 後藤奈美

1 神話の時代から平安時代:スサノオノミコトの「八塩折之酒」。『魏志倭人伝』で葬儀の際に飲酒されていたとの記述がある。『古事記』『日本書紀』の酒の献上の記述。『古事記』にはカビ(麹)を使った酒と口噛の酒の両方の記述がある。「醸す」の由来として「嚙む」と「かびす」の二つの説がある。「令集解」に朝廷で必要とする酒を造る役所として造酒司(さけのつかさ)の記載。「延喜式」に酒造りの方法の記述。その後民間にも技術が浸透し、酒屋、寺院(僧坊酒)、神社にも広まった。
2 鎌倉時代から江戸時代:1252年の「沽酒の禁」で酒の製造・売買を禁止。室町時代には京都の造り酒屋がより発展し、幕府を税を徴収した。麹騒動(1444年)。『御酒之日記』『多聞院日記』に製造方法が記載。戦国時代になると寺院勢力の衰退とともに僧坊酒も衰退し、造り酒屋が製造の中心となる。焼酎を原料としたみりんも造られるようになる。江戸幕府は1667年以降、「寒造り」以外を禁止するお触書を度々出す(米の収穫が終わってからその年の収穫量に応じて酒造りを統制することが目的)。現在でも主に冬に酒造りが行われる。1657年、酒造りは酒株という免許制に。冬場に酒造りの季節労働に出る杜氏制度が始まる。醸造技術の発達と設備の大型化、大量輸送(馬→菱垣廻船→樽廻船)。灘は港があり水も清酒に適していたため酒造りの中心地となった。京都は技術革新が遅れ、伏見の一部を除いて衰退した。江戸中期に料理茶屋が発達して飲酒の習慣が広まり、酒の小売店の一角で酒(居酒)を出す「居酒屋」が生まれた。
3 明治時代から第二次世界大戦:江戸時代の酒株が廃止されて新たに免許を取ることが可能になったため多くの酒造場が創立されたが、明治政府が酒税を強化した(1902年には国税収入の36%)ため廃業が相次いだ。微生物学が導入される。清酒酵母の分離(1895年)。醸造試験所の設立(1904年)。ただし速醸酒母の利用が半数を超えたのは第二次世界大戦後。灘と並んで伏見が台頭し、秋田、広島、熊本なども有名になる。兵役が飲酒習慣を広めることにつながった。米不足の状態が続いたため鈴木梅太郎が合成清酒を開発。大正時代には温度計の使用が広まる。昭和に入り1930年ごろ佐竹利一が現在広く使われる堅型精米機を開発。代表的な清酒酵母に属するきょうかい6号の頒布開始(1935年)。代表的な酒米の山田錦が兵庫県奨励品種に指定(1936年)。相次ぐ戦争によって原料米が割当制度(配給制)となり、生産と価格が統制される。製造場の整理統合。級別制度の導入。終戦後は密造酒が社会問題となり、1949年にアルコール、糖類、有機酸などを添加する三倍増醸が開始される。1952年に酒類の配給制度の廃止。基準販売価格制度は1964年に廃止。
4 戦後から令和:機械化、培養酵母の使用の広まり、温度管理と空調設備の導入、泡無し酵母の実用化。製造量が増加するが、割当制度が続いていたので販売量とのギャップが生じ、大手が中小の清酒を買い取ってブレンドし自社ブランドで売るという未納税取引が広がる。1969年の割当制度の廃止により未納税取引が減少すると多くの中小が廃業した。純米酒、本醸造などの品質の追求によって生き残る中小が現れる。地酒ブーム。鑑評会向けの吟醸酒が1980年代には広く市販されるようになる。級別制度の廃止(1989-1992年)、表示の法的ルールの適用(1990年)、三倍増醸が酒税法の清酒の定義から外れる(2006年)。清酒全体の消費量は減少を続けるが、本醸造以外の特定名称酒は堅調に推移、濁り酒、長期熟成酒など清酒の多様化も進む。伝統的な季節雇用の杜氏が減少し、社員が製造を担当するようになる。技術の伝承に酒類総合研究所、工業技術センター、酒造組合などの講習会が貢献している。

第3章 日本酒の地域性と新潟清酒の特徴 金桶光起

1 米・水・気候・人の地域性:灘のような硬水では酵母の活性が強くなり辛口になる、新潟のような軟水では酵母の発酵が緩やかになり軽く柔らかい、など。山田錦では芳醇、五百万石では淡麗など。ブドウと違って米はどこへでも流通可能。栽培地と醸造地が同一のワインとは違う。造り手については、かつては出稼ぎの杜氏(越後杜氏の技術は京都、大阪、金沢、富山方面に出稼ぎに行って学んだもの)、現在は研究が進み技術講習会が行われているので製造技術の地域性は大きくない。地域より酒蔵による。
2 新潟清酒のはじまりと特徴:平安時代にはある程度製法が確立。商業的に成立したのは1548年ごろか。気候について。東京都と新潟市を比べた場合、夏場は新潟市の方が日照時間が長い(米の栽培に適している)。冬場は温度変化が少なく低温のためもろみの温度管理に適している。夏場に米を造り、冬場に酒を造る三期醸造が今でも主流。新潟の気候に合う米として五百万石が開発されたが、精米歩合を50%以上にすると砕けてしまうため、山田錦と交配させて越淡麗を開発し、オール新潟で大吟醸をつくれるようになった。新潟は多くの杜氏の出身地だったが、杜氏の減少のため、新潟清酒学校を設立した(1984年)。ホーロータンクを全国に先駆けて導入する、速醸酒母の開発にかかわるなど技術の歴史にも新潟は重要な位置を占める(ほかに、坂口謹一郎、川上善兵衛など)。
3 酒質の変遷:明治以降、全国の清酒は醇酵甘口から淡麗辛口に変化している。明治時代は醸造技術が稚拙で、明治30年代の調査では約46%が腐敗していた。新潟を含めた地方のメーカーは大吟醸酒のような高級酒の品質向上に向かった。地方の特徴をこのように大まかにいうことができるが、蔵によって同じ新潟でも辛口から甘口まである。

第4章 日本酒の地域性と多様性 伊藤亮司

1 地域概念の拡大と日本酒の「個性」をめぐる対抗関係:情報化社会のもとではライバル過多・情報過多での埋没リスクがある。メーカーではなく情報・小売が主導権を握りやすい。
2 日本酒生産の地域間格差とその歴史性:実際に製造を行っているメーカーは約1600社。生産量シェアでは兵庫県が26%、京都府が23%、新潟県は8%だが、酒蔵数では新潟県が1位(約90社)。級別制度化において特級・一級は灘・伏見の酒、地酒は二級(無鑑定)という棲み分けが基本だったが、甘口から辛口への志向の変化もあり、吟醸酒や本醸造酒を級別審査に出さずに消費者に良心的な価格で提供するという動きが各地の酒蔵で起きた(第一次地酒ブーム)。そのなかで級別制度は意味がなくなり廃止された(1992年)。灘・伏見のナショナルブランドは安価なパック酒を含む一般酒が主体となり、地酒メーカーは高級酒(特定名称酒)が主体となった。現在再び(第二次)地酒ブームが起きている。第一次ブームとの間に焼酎ブームもあり、淡麗辛口を追求した日本酒は焼酎との差別化が必要になった。灘・伏見・新潟以外のメーカーが全国、世界に向けて個性的な製品を発信する動きが起きている。製品に手間とお金をかけるよりもマーケティング、営業活動に手間とお金をかける必要が出てきている。コンテスト入賞が重視されるが、情報を操作する主催者が製品販売の主導権を握り、各メーカーは末端となってしまう。
3 経営指標に現れる各県の酒造りのコンセプト:兵庫・京都、新潟、山口の3類型の比較(経産省「工業統計表」と国税庁「清酒製造業の概況」2018年度に基づく)。兵庫・京都は出荷単価が低く卸売業者経由の販売が多い(98%)が、新潟は出荷単価が高く小売りへの直接販売が24%あり、消費者への直売も2%。山口(ほかに大阪、三重なども)は小売りへの直販が80%を超え、特定名称酒が90%を占めるが出荷単価は安い。売上高総利益率でみると、兵庫・京都は40%程度、山口は50%程度であるのに新潟は33%しかない。兵庫・京都は広告宣伝費率が4%程度、販売促進率が19%程度だが、新潟はそれぞれ2.4%、1.4%、山口はさらに少なく1.3%、0.2%に過ぎない。人件費率は兵庫・京都は16%程度、新潟は22%、山口は9.5%と新潟県の高さが目立つ。営業利益率では兵庫・京都が赤字となっているが、新潟は一定の利益(5.2%)を確保し、山口は大きな利益(28.3%)を確保している。以上の比較から、新潟の特徴は愚直な高品質生産と言える。原料米の精米歩合、かす歩合においても新潟の高品質スタイルがあらわれている。
4 情報化時代における日本酒の流通と新たな競争構造:情報主導型マーケティングの核となるのはコンテストだが、出品は関係者と取引関係のある銘柄・酒蔵にほぼ限られるという仕掛けがある。新潟の多くの酒蔵は既存の販売ルートを持つため入賞しにくい。
5 (並行複式発酵プロセスの)多様性の確保・地域性の維持が今後の成長の鍵である。

第5章 酒造組合の活動と変遷 大平俊治

1 組合設立初期の活動:新潟県酒造組合は1953年に設立。米の確保と酒質の向上を掲げた。灘を目標とした酒造りから「五百万石」による淡麗辛口路線への転換。
2 高度経済成長期の活動:嶋悌司氏により、1973年に各酒蔵にいた大卒技術者を対象に清酒研究会を設立。1983年に酒造組合幹部らにより技能者養成プロジェクトチームを発足、翌1984年に清酒学校を設立。入学資格は、酒蔵の従業員で、高等学校卒業程度の学力、酒蔵での業務経験、新潟県内の酒蔵の推薦、35歳以下。両者は県立醸造試験場とともに新潟の技術を支えている。
3 「にいがた酒の陣」開催までの苦悩と成功:2002年ごろに酒造組合の青年部に需要振興委員会を設け、「新潟淡麗宣言」キャンペーンを始めた。東京や大阪で写真パネルや利き酒、杜氏による語りなどのイベントを行ってきたが、思うように人が集まらなかったので、需要振興委員会の有志がミュンヘンのオクトーバーフェストとイタリアのワイナリーに視察に行った。この経験から酒造組合創立50周年の記念行事として第1回「にいがた酒の陣」を実施した。従来のように関係者を招待して日本酒を集めて利き酒をするのではなく、オクトーバーフェストのように酒蔵に各ブースを設けてもらって入場料を設定して義理ではなく一般のお客様が自分の意志で来るようにした。大きな反響があり、翌年からも継続して行うようになった。はじめは男性高齢者の参加比率が高かったが、徐々に女性若年層が増えた。県外からの参加者が50%を占めるようになり、経済効果は30億円以上と推測される。
4 日本酒学の「これまで」と「今後」:海外での「ミニ酒の陣」実施などを通じて海外の人たちが味だけでなく歴史、風土、健康、環境などにも興味を持っているということに気づく。ワイン学は存在するが日本酒については醸造学しかなかった。日本酒にも総合的な学問が必要と感じていたところに新潟大学から協力要請があり、日本酒学が誕生した。

第6章 日本酒と料理 伏木亨

1 日本酒と料理のマリアージュとは:日本料理は下処理で食材の癖を除き出汁で調和を取るという特徴があるので、日本酒自体には個性的な味わいは期待されてこなかった。料理の邪魔をせず味わいの余韻を上品に消すことが日本酒のマリアージュと言える。(フランス料理は濃厚なソースや香辛料を使いワインは料理と共に新しい味を作ろうとする)
2 辛口と甘口をめぐって:甘い味は糖とアミノ酸の味。辛い味は糖もアミノ酸も少なく、アルコール度数が高い、雑味が無いことも辛口に感じられる。ラットの実験では、ラットは甘口を好み、辛口を嫌う。辛口の酒ほど飲酒後にラットの血中ケトン体濃度が上がっていた。辛口は体脂肪を燃やし身を削る酒と言える。
3 日本酒と料理のペアリングの評価実験:日本食のコース料理を食べながら同一の酒の味を評価する実験では、魚の味噌漬けを食べた後よりもヒラメの刺身を食べた後の方が清酒をおいしいと感じるという結果が出た。
4 魚の臭みを消す日本酒の技:ワインに含まれる二価鉄イオンと亜硫酸が魚の生臭さを増強するが、日本酒の場合は日本酒の匂い成分と魚の匂い成分と競合するので生臭さが緩和される。
5 ワインの代替えではなく、日本酒の飲み方の文化を海外に:生の魚介とのマリアージュのためだけに日本酒が紹介されるのではなく、どんな料理にも合うという日本酒の魅力と飲み方の作法を広めるべき。

第7章 日本酒と健康 伊豆英恵

1 飲酒と健康:「Jカーブ効果」の紹介と注意点。「飲むから元気」ではなく「元気だから飲めている」可能性を排除できない。高血圧、脂質異常症、乳がんなどは飲めば飲むほどリスクが上昇する正比例パターンを示す。「一日の適量飲酒量」は日本では純アルコール20g相当だが『ランセット』誌の報告では1週間で100g。健康影響でなく、妊娠中の飲酒による胎児の障害、酩酊による虐待、急性アルコール中毒、非行、飲酒運転、事故、アルコールハラスメント、家庭内暴力、失業など様々な問題がある。2010年5月にWHO総会で「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」が承認され、日本でも国家として取り組んでいる。
2 アルコール飲料の種類と健康:「フレンチパラドックス」が提唱されたが特定の種類の酒の健康効果が強いという証拠は薄い。酒類の主要かつ共通する成分は水を除けばエタノール。ビールはプリン体が多いがそもそもエタノール自体に尿酸値を上昇させる効果がある。
3 エタノールの生体への影響:アルコール→アセトアルデヒド→酢酸へと分解される。この反応で生じるアセトアルデヒドと活性酸素は細胞を傷害する。好ましい効果としては、善玉コレステロールの増加と血栓症予防、リラックス効果。また食品(保存、風味・香味付与、果実の発酵、味噌などの発酵食品)によるエタノール摂取量は純エタノール換算で4.5g/日、ビール換算で約120ml相当。
4 自分のアルコール体質を知る:日本人の3-4割を占める「本当は飲めないグループ」ではアセトアルデヒドの害が大きく、食道がんのリスクが414倍高くなる。女性、高齢者は水分量が男性より少ないので血中アルコール濃度が高くなりやすい。体格が小さく肝臓も小さいと分解力が弱い。
5 人はなぜお酒を飲むのか:好奇心が強く外交的な人が人と楽しみながら飲酒することで幸福感が高くなり、情緒不安定な人がストレス対処的に飲酒すると心身の健康阻害が生じやすい。

第8章 アルコールと脳 武井延之

1 なぜ「酔う」のか?:神経伝達物質にはそれぞれ固有の受容体があり、その組み合わせによって興奮性、抑制系が決められる。多くの入力を統合してトータルで興奮になるか抑制になるかでその細胞が次の細胞に情報を伝える(興奮)か否か(抑制)が決定される。アルコールは脳内の抑制性GABA神経伝達系を抑制するため、抑制を抑制ということで抑制がなくなる(ほろ酔い状態)。さらにアルコール濃度が高くなると脳内の興奮性グルタミン酸神経伝達系も抑制される(すべてが抑制傾向。酩酊→泥酔→昏睡)。ほろ酔い期の血中濃度が0.1%程度、(死に至る)昏睡期が0.4%以上と幅が狭いのが危険なところ。
2 なぜお酒を飲みたくなるのか?:アルコールは初期の段階ではドーパミンを神経伝達物質とする報酬系を刺激するため、脳が学習し、習慣になる。
3 アルコール依存症とは?:アルコールを含む依存性薬物は学習の記憶を消去しにくい。アルコールは薬物としては効果が穏やかで、依存症になるのには時間がかかる。覚せい剤などの禁止薬物は一回でなる。依存症になるとエタノールを求めるようになるので蒸留酒を好むようになる。不眠のため、やけ酒は依存症になりやすい。依存症になると脳に不可逆的な変化が生じるので断酒しても1口飲めばまたコントロールできなくなる。離脱症状も起こる。久里浜医療センターがスクリーニングテストを公表している。

第9章 日本酒の経営学 岸保行

1 日本酒の重層的世界:現在の日本酒の世界観は「工業的な世界観(造り手の技術)」「農業的な世界観(酒米の栽培・調達)」「歴史・文化的な世界観(日本の国酒)」から構成される。単なる液体でなく意味と情報の消費を伴う。
2 ワインの戦略スタイルに合わせた国際展開:国内市場は縮小してきたが海外市場は増加している。高級な日本酒の輸出が増えている。8-9割以上がレストランでの消費であり、日本食レストランの増加と関係している。またワインの「マリアージュ」の影響で日本酒をイタリアンやフレンチと合わせることも重視されている。国際的販売で先行するワインの販売戦略に準拠して、日本酒も「マリアージュ」「テロワール」を前面に出す戦略が主流になっている。
3 3つの戦略的アプローチ:日本酒のような文化製品の国際展開には文化製品と外国の慣習の不適合を解消する必要がある。その3つのアプローチ。1 製品適応(製品を外国の慣習に合わせる:輸出先の料理に合う日本酒の開発など)、2 慣習移植(外国の慣習を変える:徳利とおちょこの販売など)、3 慣習適応(現地の慣習を取り入れる:ワイングラスの使用、ペアリングと「テロワール」の重視など)。
4 国際展開がもたらす国内での販売戦略の深化:(1)原料米。「テロワール」の慣習を取り入れ酒蔵が自ら酒米を栽培したり契約農家から調達する。(2)製品設計。ラベルに相性の良い料理を推奨する製品の開発など「マリアージュ」の慣習を取り入れた製品、「ビンテージ」を強調した製品の開発。(3)製造手法。伝統的な酒造りへの回帰など、伝統文化性を強調した製造手法。(4)流通・販売。地元の酒販店の弱体化、地方の酒蔵見学の増加に伴う、酒蔵内での販売とインターネットを通じた直接販売。
5 日本酒の未来:ワインの戦略への準拠は「農業的世界観」の導入によりイノベーションを起こしたが、「歴史・文化的世界観」「工業的世界観」とのミスマッチを起こす可能性もある。

第10章 日本の酒類のグローバル化 都留康

1 グローバル化とは何か:ここでは「従来は主に日本国内市場でのみ活動してきた酒類メーカーが、貿易を通じた取引や海外への投資を増大させ、他国と自発的に経済取引を始めることができる自由と能力を獲得してきたという現象」と定義(『経済財政白書』(2004)を参照)。日本酒、ビール、ウイスキーの輸出は増加している。
2 日本酒のグローバル化:第一次拡大期(2003年頃。高級な日本酒の内需が減少。消極的進出)→第二次拡大期(2013年以降。2011年の被災地復興支援購買を契機に高級酒の内需が回復。積極的進出) 月桂冠は高級酒輸出に注力しワイン市場への浸透に積極的(仏ル・コルドンブルーとの提携など)。dancyu(2019)のアンケートデータの分析によると、全729蔵中輸出比率が5%以上の蔵元は25%、1%未満は26%。商社との関係構築などのハードルが高く、酒造りの方針と合致しない場合もある。北米市場は老舗が多く、アジア市場は新興蔵元が多い。
3 ビールのグローバル化:ビールは鮮度によって品質を維持するので、近隣諸国への輸出と、現地企業のM&Aによる現地生産がグローバル戦略となる。
4 ウイスキーのグローバル化:国際的なウイスキーコンテストでの受賞によって高級品の輸出が増加。原種の熟成に時間がかかり自社生産のみという事情のため供給能力が問題。日本洋酒組合は品質確保のため「ジャパニーズウイスキー」の定義を決め、2021年から運用開始。
5 焼酎のグローバル化:焼酎の輸出は伸びていない。現地日本人による消費が中心。蒸留酒・スピリッツ分野における国際競争が熾烈。
6 グローバル化の先にあるもの:(1)海外料理とのペアリング、(2)海外の主流製品との「味の差別化」、(3)日本料理の多様性の強調、という攻めの発想が必要。

第11章 日本酒と税 小坂井博

1 税法における酒類:税法(酒税法、租税特別措置法、酒類業組合法など)上の酒類の定義は、アルコール分1度以上の飲料。1 発泡性酒類、2 醸造酒類、3 蒸留酒、4 混成酒類。現在の清酒の定義は醸造酒としての位置づけを明確にするために見直されたもの(アルコール添加と副原料の制限)。なお「日本酒」は国税庁長官が指定した地理的表示であり、原料米が国産米のみで日本国内で製造された清酒のみが使用できる名称。特定名称酒のカテゴリー(吟醸酒、純米酒、本醸造酒)。
2 酒税の制度の概要:納税義務者=酒類の製造者と酒類を保税地域から引き取る者(輸入業者など)。課税物件=酒類。課税標準=酒類の製造場から移出し、又は保税地域から引き取る酒類の数量。税率=酒類の種類に応じて定められている。清酒は1klあたり11万円。酒類のあいだでの税率格差を解消する方向で改正されている。申告と納税の手続き。酒税の特徴:1 間接税(販売価格に上乗せされるので実際に負担する担税者は消費者)、2 移出時課税(製造時ではなく移出時に課税されるので酒税額を回収するタイムラグが少なく製造業者の負担が少ない)、3 嗜好品に対する課税(増税に対して社会は比較的寛容であり、かつ安定した税収が見込まれる)、4 免許制度(製造免許、販売免許)で罰則も厳しい(国民の健康衛生の維持と酒税の保全のためとされる。経営面で脆弱な販売業者を取引から排除して確実に代金を回収する目的。職業選択の自由に抵触するという考え方もあるが今のところ合憲)。
3 国家財政上の酒税:明治4年に国税として誕生(それ以前は全国バラバラ)。戦前まで基幹税として国家財政を支え続ける。戦後、所得税、法人税の収入が増加したことから国税のなかでの割合は減少(2018年で2%)したが、酒類は引き続き重要な財政物資。
4 酒類及び清酒の課税数量の傾向:1999年度をピークに酒類の課税数量は減少傾向。総人口の減少、成人人口の高齢化、若い世代の飲酒離れなどが考えられる。清酒(とくに普通酒)の課税数量も減少を続けている。
5 清酒の容器や包装の表示事項:必ず記載しなければならない事項11(製造者名、製造場の所在地など)、記載してもよい事項13(原料米の品種名、生一本、「極上」のような語、など)、記載してはいけない項目3(「最高」のような語、官庁御用達のような語、普通酒の場合は特定名称に類似する用語)。

第12章 日本酒のマナー 渡辺英雄・村山和恵

1 マナーと法:マナーと法律の共通点は「社会生活を円滑にするため」の決まりであること、相違点は、前者には「権利と義務の関係」が成立せず「強制力が働く」こともないということ。喫煙のようにマナーが法律に変化する例もあり固定されていない。
2 飲酒にかかわる法:飲酒運転(道路交通法)、20歳未満の者の飲酒の禁止に関する法律。飲酒可能年齢については議論の余地がある。
3 マナーと日本の礼儀作法:マナー(礼儀)は心、エチケット(作法)は形。「冠位十二階」「十七条憲法」(道徳的訓戒が中心)、「有職 ゆうそく」(儀礼・典礼)、「三議一統」、「有職故実」など。ここでは小笠原流礼法を紹介する。
4 酒席でのふるまいを実践する:「お酌」はタイミングが重要。1/3以下になったころ。徳利を利き手で持ってもう一方の手を添える。注ぎ始めはゆっくりと。受ける側も器を両手で持つ。飲みたくないときは「もう十分にいただきましたので」など相手へ感謝しながら不要であることを伝える。逆手注ぎ、置き注ぎはマナー違反とされる。ただし何事も「時宜によるべし」。躾の知識をひけらかすのも不躾。

第13章 日本酒アンバサダーになろう 田中洋介

1 インバウンドと日本酒が持つコンテンツとしての可能性:酒蔵ツーリズムに外国観光客の需要がある。
2 日本酒の伝え方と日本酒にまつわる文化風習:山が多い日本で水を多く使う稲作は容易でなく米は貴重品だった。白川郷の「どぶろく祭り」のように、日本酒は基本的にまず神様にお供えしてから人間が飲むものだった。このような文化慣習も外国に伝えることが重要。
3 日本酒ペアリングのポイント:1 塩味、2 魚介類、3 野菜類、にとくに合わせやすい。料亭は日本酒をおいしく飲むための料理の構成になっている。
4 「世界酒」へ挑戦するSAKE:アメリカで生産された多くの清酒がヨーロッパに輸出されている。クラフトSAKEという動きもある。カリフォルニアでも山田錦などの酒米が育てられていて価格も安い。現地生産によってマーケットが拡大することが期待される。

第14章 日本酒と料亭・花街の文化 岡崎篤行

1 街並みを彩る酒蔵:酒蔵は地元の有力者が経営することも多く、街のシンボルでもある。現在では工場見学、資料館、カフェとして利用されるところも増えている。
2 料亭と和宴の文化:芸妓(げいぎ)を呼ぶのが通例だが最近は洋装のコンパニオンを呼ぶことも多い。「杯洗」のような現在はあまり知られていない作法も多い。
3 伝統文化としての和食:和食の特徴(農林水産省)。1 多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、2 健康的な食生活を支える栄養バランス、3 自然の美しさや季節の移ろいの表現、4 正月などの年中行事との密接なかかわり。懐石料理の構成。和食では器も重要。
4 料亭建築の特徴:明治~戦前までの料亭の建物は近代和風建築と呼ばれるもので、書院造と数寄屋造が併用される。大宴会が可能な大広間、庭も特徴。
5 伝統文化継承者としての芸妓:少なくとも現代において遊女と芸妓は違う。昔は生活苦から芸妓になる人も少なくなかったが、現代では日本文化に興味があるからなる。職能は「おもてなしと芸」で、芸があれば生涯現役(90歳を超えて現役の方も)。根幹をなすのは日本舞踏。新潟では柳都振興株式会社があり、社員として芸妓が現代的な条件で雇用されている。
6 花街は最後の純和風空間:以前は遊郭も含めて広義の花街と呼ばれたが、戦後には売春が禁止され狭義の(芸妓の営業地としての)花街だけが生き残った。日本文化のハード面(建築、庭、路地など)、ソフト面(料理、酒、衣装、髪型、舞踏、邦楽、茶道、華道、香道、書道、日本画など)を包括的に継承するおそらく唯一の場所。大規模空襲を免れたのは京都、金沢、新潟で、京都と金沢は仕出しを取る茶屋だが新潟は板前を抱える料亭。

(感想)読む前は醸造と歴史の話がメインかなと思っていて、それらの話も期待を裏切らなかったが、意外にも経営と健康の話が個人的には刺さった。どんな酒でも主要成分はエタノールであり分解過程でアセトアルデヒドと活性酸素が出るいうのは心に刻んでおきたい(「日本酒学」でこの話をきちんとするのは偉いと思う)。出版社の経営も苦しいので、販売流通、製品企画、イベント実施の話などはつい細かく読んでしまった。全体を通読すると、「日本の伝統文化」についての考え方が執筆者の専門の違いによって違っていてそれもおもしろかった。要約はしなかったが各コラムも専門的でためになった。とくにコラム2で紹介される『酒飯論絵巻』『酒取物語』などの古典文芸は読んでみたい。