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トイレで社員に新ツールを周知してみた(後編)

 法規書籍印刷株式会社 戦略デザイン企画室 兼 編集校正課の谷です。前編に続き、トイレの話です。

 前編は、トイレにチラシを掲示することは、思いのほか宣伝効果がある!という話でした。後編は、弊社の工程を改善すべく新たにやってきた校正ツールくん(コレプロくん)の光と影に焦点をあて、校正の未来はトイレから始まるという話です。

法律ってむずかしい 校正だってむずかしい

 弊社では主に法律関係の本をつくっているわけですが、法律というのは一文字間違っても、人生変わってしまうんです。その一文字の間違いを見落とさず拾い上げようというのが、校正の仕事なのですから、当然神経を使うわけで、どうにか効率的かつ正確にできないものかなと日々考えているのです。

 法律の文章は決め事がしっかりしているから、校正なんて簡単簡単と思って入社したわけですが、なかなかどうしてこれが難しい。

 法律文の特長は

  • 必要最小限の文で意味が伝わる

  • 少しの違いで解釈が変わってしまうと影響範囲が計り知れない

  • 体裁やレイアウトの違いがゆるされない

といったところです。

 法律は万人が読んで同じ通りに解釈できないといけない。裁判官が読んでも被告人が読んでも北信の人が読んでも南信の人が読んでも同じでなきゃいけない。だから同じ通りに読めるようキチンと作られているわけで、これを本にするときちょこっとずらしてしまったら元の木阿弥、紛争の種をばら蒔くことになってしまいます。
 文字だけですら大変なのに、体裁までキチンと収めないといけない。別表だの様式だので、線が入ってないとかズレちゃってるとか、そんなことでも一大事で解釈が変わってしまう。
 文字と体裁。どちらにも気が抜けないのが法規集の校正作業なのです。これを効率化しようなんてのは一筋縄ではいかぬ、どうしたって人間の目で見ないと安心できぬ、というところに彗星のごとく現れたのがコレプロくんなのです。

救世主コレプロくん現る できる奴

 一応説明しますと、弊社では、校正作業の効率化と品質向上を目的として、本年度から『ドキュメント差分検出ソフトウェア Collate Pro(コレートプロ)』を導入し、運用を開始しました。Collate Proは、2つの電子ファイルを比較して、差分を検出し、変化した箇所にマーキングを施してくれます。
彼はとにかく文字と文字を比較して、同じ!違う!という判定をしてくれる奴です。

 法律文というのは、改正されるたびに全てが変わるってことはまずない。一部分がちょこっと変わるってことが大多数なのです。つまりほとんど変化しないってことで、それはあたりまえで毎年毎年刑法が全文改正なんてされたらお巡りさんだって、「あれ?これ犯罪だったんだっけかな?」なんて大混乱になってしまいます。
 ほとんど変わらない。変わっちゃいけない。この法律文の特徴にコレプロくんはピタッと合致するのです。

 コレプロくんに原稿とゲラを喰わせると、変わった文字だけに赤くマークをつけてくれるのです。マークがない箇所は変わっていないところ。今までは人間が原稿とゲラを突き合わせて一文字一文字目で見ていたことを、コレプロくんはデータを照合してパッと違いを表示してくれる。大したものだ。

 本を作るのも人間がやっていることですから、当然ミスはあるわけです。キーボードの打ち間違いだの、マウスで変なところをクリックしただの、原稿を読み間違っただの。そういう作業上のミスを、ひとつ残らず拾ってやろうというのが校正の仕事でして、文字の保証をとれるコレプロくんは強力な戦力になるに違いないのです。

影 コレプロくんにできないこと

 彼の優秀性を散々述べてきてなんですが、それは光の部分でして、今からは影の部分を忌憚なく皆様に開陳したいと思うところです。ただ、この影はただの影ではなく、これからの校正、校正の未来、を考えるうえでとっても大切なことだと考えており、この記事を読んでいただいた皆様と是非共有したいと思うので、悪いことは言いたくありませんが仕方がありません。

 コレプロくんの特徴を列挙すると

  • 変化した箇所に色付けしてくれる

  • 体裁変更の影響を比較的受けずにテキストを検出・比較することができる

  • 文章が挿入されたり、一部削除されたりしても、その後に続く文章に差異がない場合は誤差とならない

  • 体裁は確認できない

 彼は従前のツール達と比べると著しく進化しておりまして、かつては体裁がちょっと違うだけで、全て誤差判定となってしまい、「これじゃ合っているのか違うのかわからんじゃん」、といった感じでなかなか実務では使えなかった。一方、コレプロくんは多少の体裁変更はものともせずキチンと比較してくれる賢いやつなので、実用に十分耐えうるのです。

 しかしです。体裁が確認できない。これが影であり弱点です。確認できない体裁を具体的に列挙しますと、フォント、文字サイズ、字下げ、段々下げ、文字修飾、行アキなどなどといったぐあいです。
 じゃあどうすんだ。誰が確認するんだ。ということですが、もう機械ができない以上、人間がやるしかないのです。

機械ができること・人間ができること

 正直に告白すると、はじめは安直に考えていたんです。『テキストはコレプロくん。体裁は人間さん。』そうやって切り分けちまえば良いだろうと。テキストを確認する時間が浮く分、より体裁を重視した校正をすれば良いと。
ところがどっこい、そう簡単にはいかなかった。

 熟に熟したベテラン校正者は、『文字を見つつ体裁も見て、体裁を見つつ文字も見る』、ということをしています。『一を見て十を知る』ではないですが、文字を見ながら紙面全体から感じるかすかな違和感を拾い上げるという、容易には真似できない職人技をやっています。
 実際に、ベテラン校正者にどのように校正しているか聞いてみると、「言葉にして説明できないけど…」と前置きしながら、「文字を追っていると、ふっとおかしさを感じるタイミングがある。たぶん過去の経験や前ページとのつながりから、違和感が出てきていると思う。」とのこと。よく分からないけど違和感を“感じる”。

 昔の職人と同じです。年若い木彫り職人が木を彫っているのを、その親方が見て「なんて彫り方してやがるんだ!木が泣いてるじゃねぇか!」と叱るわけです。若いのは何がいけないのか分からない。親方だって正しい彫り方を指導してくれるわけじゃない。ただダメだと言われる。そうやって何年も何年も一心に彫り続けて、ある日ちょっと彫り間違ったとき、“痛い”と感じるのです。まるで木に自らの神経が通っているかのような、木と一体化したような感覚を突然得るのです。そして、ああ、あの時親方が言ってたのはこのことかぁ、と納得し“掴む”。そうして一端の職人と認められていくのです。
 上の話は私が適当にでっち上げた逸話ですが、親方も木の痛みを言葉で伝えられないように、ベテラン校正者も校正のやり方を口では説明できない、極めて感覚的なものに依拠している。

 文字を見なきゃこの感覚が生じない。だから、『テキストはコレプロくん。体裁は人間さん。』のような切り分けは簡単にはできない。そうである以上、〈機械が特化していること〉〈人間しかできないこと〉がうまくバランスする地点を見いだしていくしかないのです。

コレプロくんのこれから トイレチラシでワークフロー改善!

〈機械が特化していること〉〈人間しかできないこと〉がうまくバランスする地点。これを見いだすには、校正工程のみならず、制作工程まで含めた全体のワークフローを見直す必要があると考えています。

 制作工程における確認作業(オペ校)の際に、大きなミスを発見することで工程全体の負荷を減らすことができないものか。制作作業の時点でどのようにデータの保証をとっていくか。それをシステム的にできないか、それにコレプロくんをうまく活用できないか。etc…

 コレプロくんの紹介や活用方法の発案を、効果が実証された[トイレにチラシを貼る]方法で周知し、社内全体でワークフローの最適化に取り組んでいきたいところです。

※現状では、〈制作工程は通常のゲラ〉〈校正工程はコレプロを仕掛けたゲラ〉、と2種類のゲラが生じている、一体効率化はどこいったという感じなので、さっさと一本化したいところ。

 〈機械が特化していること〉と〈人間しかできないこと〉がうまくバランスする地点、を基準にワークフローを再構築する。個人的には、人間がどのように文字を見て認識しているのか、どのように体裁を見分け意味づけしているのか、ベテラン校正者が見ている方法を何かしらの方法で言語化できないか、それを基に紙面からマークアップ言語のようなものを自動生成できないか、といった問題に取り組んでいきたいです。

 コレプロの運用が軌道に乗れば、プリプレス工程のみならず、本作りの工程全てに関わるワークフローを抜本的に見直すことにつながる可能性があるだけに、試行錯誤を続けていきたいと思います。

 デジタルとアナログを融合した校正ワークフローにご興味がある方、実際にコレプロの導入を検討されている方、お話をうかがえるかと思います。ぜひお問い合わせお待ちしております。