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はじめてのショットバー

 今から半世紀ほど前、おっかない上司に私一人だけが飲みに誘われた。

 就職して三年目で初めてのことだった。

 連れて行かれたのは、はじめて経験するスタンディング式のショットバーだった。

 「なんだ、立ち飲みか」とがっかりしたが口には出せなかった。


 その店は、少し薄暗くBGMはなくバーテンダーの人も寡黙だった。

 しばらくすると、上司が勝手に注文したウイスキーソーダが「どうぞ」の小声とともに出された。

 一口飲んで、びっくりした。

 今まで飲んだことがない美味しさだった。

 私の驚いている様子を見て上司が言った。 

 「ここのウイスキーソーダは、格別なんだ」。
 

 二杯目をお願いして、その拵え方に注目していたが、特段変わった作り方ではなかった。

 「なぜなんだろう?」。

 思わず口から出た。

 「それが俺も分からないんだ」と上司が微笑みながら言った。

 余計な会話は必要なかった。

 おっかないだけの人が近しく感じ、またこの店で同じものを一緒に飲みたいと思った。

                 <了>