見出し画像

『精神科訪問診療の実際』【#在宅医療研究会 オンライン|7月度開催レポート】

在宅医療研究会オンラインの三周年目となります第37回は精神科訪問診療の実際とのタイトルで、ホウカンTOKYOクリニック内科・精神科の芳賀高浩先生にお話いただきます。芳賀先生にはホウカンTOKYOクリニックの顧問として、第一回の研究会に御登壇いただいています。今回はホウカンTOKYOクリニックの院長として、お話しをいただきます。
 
皆さま、はじめまして。ホウカンTOKYOクリニックの芳賀と申します。本日は、精神科訪問診療の実際についてお話しをさせていただきます。現在私は医師になって20年ほどになりますが、このようなお話をさせていただく機会があるときには、私が過去に経験させていただいた事例のうち、学びになるような事例を共有させていただいています。本日も、私がホウカンTOKYOクリニックで勤務を始めてから4ヶ月の間で、特に印象に残った、皆さんにとって学びが得られるような症例をご紹介させていただきながら、進めていきたいと思います。


■自己紹介とクリニックのご紹介

まず、自己紹介とクリニックの紹介をさせていただきます。
私は呼吸器、肺癌診療を中心とした内科医の経験が10年間、また、統合失調症やうつ病などを患った患者さんを診療する精神科医として、研修から専門医の取得までの期間も含め、10年間診療していました。その後2022年9月から、ホウカンTOKYOクリニックで診療をしています。内科医時代は、肺癌のターミナルの患者さんを主に診療する訪問診療クリニックを開設し、診療していたこともあります。これは、実家の妹の部屋を訪問診療クリニックとして改造していたのですが、監査等が厳しかったため、5年ほどで辞めてしまいました。また最近では、5年ほど関東労災病院で精神科部長も務めており、院内でリエゾンチームやスポーツメンタル科の立ち上げもしてきました。
 
ホウカンTOKYOクリニックは、名前の通り、コンセプトとしては「訪問看護(地域の医療者)を支えるクリニックを作りたい」という、ハノン・ケアシステムの代表河田さんと私の思いからスタートしています。
これは医師からトップダウンで看護、リハビリ、介護と流れていくのではなく、もともと地域にある訪問看護ステーションというリソースからスタートし、その一助に診療というツールを使っていただくと面白いのではないか、という考えで始まっています。そこで現在内科、精神科を標榜しています。
2022年9月から2023年3月までは、試運転期間としていましたが、本格稼働した2023年4月から7月末までの4か月で患者さんが増え、おかげさまで現在では40名を超える患者さんの自宅に毎週訪問させていただいております。
 
当院では、患者さんの状態をしっかりと評価し、治療していきたいという思いから、毎週訪問させていただいています。診療報酬上のメリットから、訪問診療の基本は月に2回の訪問となっていますので、毎週訪問しているのは当院の最大の特徴とも言えます。

■事例・まとめ

精神科訪問診療が入る事例について、少し説明します。
患者さんによって違いはありますが、ケアマネさん、包括さん、訪問看護師さんからの依頼の場合、高齢の方の認知症、妄想性障害、依存症(ギャンブルやアルコール等)の方が多いです。一方で保健センターの保健師さんからの依頼の場合、若年から中年のうつ病、神経症、パニック障害、また統合失調症などによる引きこもりの方が多いです。
 
依頼を受けると、依頼していただいた方(ケアマネさん、包括さん、保健師さん、訪問看護師さん)の了解を得たうえで、初回訪問日程を調整し、当日からどんなに遅くても翌週には初回の訪問をするようにしています。初回は手続き等説明のため看護師が同伴し、すでに介入している支援者と可能であれば待ち合わせの上で訪問しています。
 
訪問診療に対する、本人やご家族のニーズはさまざまです。
介護の場合、必要なものを買ってきてもらう、体を洗ってもらうなど、わかりやすいニーズへの対応ができます。しかし精神科の場合、表面上は本人にニーズがない場合もあります。したがって、こちらが提供できる価値を整理しておいて、隠れたニーズを引き出していく作業が必要となる場合も多くなっています。
 
今回は精神科訪問診療の実際、ということで、当院の40人ほどの患者さんのなかで、印象深い方を紹介していきます。個人の特定を避けるために、少し個人情報は改変しました。

1)   介入したが、当院と折り合いがつかずに介入終了となった認知症の1例

80歳代女性で、認知症、フレイル状態の方でした。基本は独居ですが、離婚した夫が毎日のように世話を焼きに来ていました。認知機能はHDS-R19点で、独居に少し支障はあるが、絶対に独居できない、というわけではないレベルでした。
過去にケアマネさん、ヘルパーさん、訪問診療、訪問看護は、「合わない」という理由で何回も変更されていました。今回は、本人が当院のパンフレットをケアマネさんから手に入れたことから訪問診療の依頼をしていただき、令和5年4月、訪問診療を開始しました。
 
当初の本人のニーズは眼の周囲に湿疹があること、下肢がむくんでいること、不安があることをどうにかしたい、というものでした。ご本人に診療に対するニーズがありましたので、まず湿疹に対しては軟膏を処方、下肢のむくみには採血を行い、全身状態を評価してから治療戦略を考えることにしました。また、不安に対しては、認知機能低下、独居、不安定な人間関係が寄与していると考えられましたが、まずは私とラポールを構築したうえで、抗認知症薬を導入することとして、その方針を本人、元夫と共有しました。
 
この方のご自宅には、毎週訪問し、採血で全身状態も評価しました。その結果、特に検査上の問題は見当たりませんでしたので、本人に対して特に問題がないことを共有しました。元夫は、2回に1回ほどは同席していました。本人は私に対しても依存的であり、「とにかくよろしくお願いします」というスタンスでした。しかし元夫は、やや高圧的に「よろしくやってくれ」というスタンスでした。訪問看護も週に1回導入し、3回目の訪問で、抗認知症薬であるメマンチンを開始しました。
4回目の訪問後、ケアマネさんから当院に連絡があり、「元夫が訪問診療を終了したいと言っている、構わないか」ということでした。終了を希望される理由も定かでないため、翌日、本人宅で本人、元夫、私、看護師、ケアマネさんで、ミニケア会議を行いました。
その際、元夫から「採血の結果を教えてもらっていない、なかなか薬が始まらない」といった訴えがあり、「金もうけ主義の診療はお断りだ」と激高されました。本人は激高した元夫のいいなりになっている様子でした。
私としては、元夫が激高している理由に対し、一つ一つ説明していきましたが、ケアマネさんが、「利用者さんの意向であれば仕方がない、次の医師を探します」と話し、その場で介入終了となりました。
支援者を変更することは、医療、ケアの継続性の面から本人にデメリットが大きく、できれば避けたいところでした。元夫も認知機能低下を疑う言動、本人に対して操作的な言動があり、家族と本人とのいびつな関係性もこの方の弱みのひとつでした。
 
このように、これまで既に診療の継続が難しかった、また支援者を頻繁に変えておられるようなケースについては、事前に支援者でケア会議を行い、ワンチームで診療、ケアに当たる意思統一が必要であったことを痛感した事例でした。

2)  非同意入院を検討している認知症の1例

この事例は、現在まさに継続して対応している最中の事例です。
70歳代女性。軽い認知症、妄想が前面にある方です。もともと自立していて独居。田舎に兄弟を含む親族が、みんなで暮らしておられます。本人はデイサービスに週に2回通っておられ、主治医は近医の内科です。デイサービスで体重減少が目立つため、包括さんにデイサービスの非常勤看護師が相談。令和5年6月、訪問診療開始となりました。
 
初回は診察が可能でした。ただ「知人が物を取っていく、階下の住民が自宅にゴミを放置していく」といった、明らかに妄想と思われる発言がみられました。一方本人に切迫感はなく、礼節は保たれていました。しかし面接が進行するにつれて、そわそわと落ち着かない様子がみられ、被刺激性の亢進がみられました。HDS-Rは19点。軽度の認知症であり妄想を伴う状態であると診断しました。
 
しかし、2回目以降の訪問時は診察を拒否されました。暑い日で安否も怪しい状態でしたので、身分を明かした上で大家さんの協力で鍵を開けてもらいました。するとものすごい形相で「帰れ、帰れ」と取り付く島もない状態でした。この方は、食事を運んでくださる方も妄想のために受け付けないため、食事が全然取れていませんでした。そのため体重減少は顕著でした。デイサービスでの体重測定は継続していたため、その際の体重を入手し、積極的な介入を行う基準として、30㎏を限界設定としました。
 
食事の回数が極端に少ない(週に数回程度、確実にとれるのはデイケアの2回のみ)状況で、体重は3月末で37.2kg、4月末34.9kg、6月30.2㎏と減少していました。また異臭は目立ちませんが、整容は乱れていました。るい痩が確実に進行していましたが、拒否が強いことから、健康状態の評価もままならない状況でした。ただデイサービスには幸いなことに通っておられるので、デイサービスでも診察をしました。デイサービスでは穏やかに過ごしておられ、私に対しては拒否的でありますが、体操などのプログラムに参加していました。
 
健康を明らかに害しておられますが、本人に医療を受ける意思がない状態でした。そのため、非同意入院を検討しました。非同意入院は、本人が嫌がっているのに入院をさせることです。したがって、その前提として、以下のいずれかを満たす必要があります(精神科で扱う医療保護入院に該当します)。
 
➊本人の健康が精神症状のために明らかに障害されている(救急搬送・入院を要するほど健康状態が悪い)
➋本人の精神症状のために地域生活ができない(警察の介入を要するほど地域生活が障害されている)
この事例では➊を満たしていると考え、非同意入院を検討しました。
 
非同意入院には、本人の兄弟、親、子ども、祖父母、孫のいずれかからの同意が必要となります。そこで遠方の兄弟に連絡し、本人の状況をご説明し、非同意入院の際に同意者となっていただくことに了承をいただきました。
 
非同意入院で一番問題になるのは、病院に行くことを嫌がっている本人を、どのようにして病院にお連れするかということです。このプロセスは、トラブルがよく発生するところです。本人が希望しませんので、救急車による搬送は使えません。そこで民間救急を利用すると、10万円ほどかかることが一般的です。ただ実際これだけのお金を、妄想のある独居老人に出していただくことは、不可能です。したがって、できれば医療者で病院にお連れしたい、と考えています。そこで当院の往診車、医師、看護師、包括、ケアマネなどで協力して、病院にお連れする計画を立てています。
ただその後調整した結果、この方にはデイサービスに週6回通っていただけるようになりました。デイサービスでは毎回2回の食事が出ますので、現在は週に12回は食事を摂るようになりました。デイサービスで出される食事は、しっかりと食べておられるようです。徐々に体重は増えてきていますので、非同意入院は避けることができる可能性が高まっています。
 
非同意入院は最後の手段ですが、本人の健康状態が著しく害されているとき、地域生活が著しく障害されている時には、選択肢として持っておくべきです。ただ本来は避けるべきことですので、最後の手段として持っておきつつ、非同意入院を避けるためにできることを考えることが大事だと考えています。

3)  断酒、節酒共に難しかったアルコール依存症の1例

70歳代男性でアルコール依存症の方です。
最近の依存症の方のなかには、発達障害を抱えておられる方がおられます。そして依存症の治療は、人との関わりのなかで治していくことを目指しますが、発達障害の方は、人間関係の構築が難しい方がおられますので、なかなか治療がうまくいかないことがあります。ただこの方は、とても人懐っこい方で、人間関係を築くのが、とても上手な方でした。このことは、この患者さんの強みでもありました。
 
ご本人は、10年ほど前から専門クリニックに通院し、教育入院もされていました。また自助グループにも参加しておられましたが、断酒、節酒には最終的には結びつきませんでした。その後徐々にADLは低下し、背骨の圧迫骨折で一般病院に入院されたことがあります。この入院期間中はアルコールを飲まなかったため、体内からアルコールが抜けた状態になりました。その退院後、酒害を少しでも減らしたいというケアマネさんの紹介があり、令和5年4月、訪問診療を開始しました。
最初は退院当日に訪問しています。診察すると大変人当たりが良く、笑顔で対応してくださいました。認知機能に問題はありませんでした。一方で、酒害については「分かっている」と話されますが非常に調子が良く、酒害に対する認識は、深化していないことが伺えました。また、退院後当日に飲酒を再開しており、その後もチューハイを毎日2-3缶ほど飲酒していました。
 
アルコールを摂取すると、γ-GTPという血液検査のデータが上昇しますが、この方の退院時のγ-GTPは60と一応正常範囲でした。ご本人の知識は豊富で、「γ-GTPは2桁だといいね、でもお酒は飲みたい」と話されていました。ひとまず1か月に1回の採血、毎週の健康観察をしていくことを共有しました。そのほかに、高血圧、糖尿病の病歴がありましたので、そちらの管理も併せて行うこととしました。
 
翌月、一気に600までγ-GTPが上昇していました。これには本人も驚きを隠せませんでした。こちらとしては、本人が結果をみて驚いていたこと、また「なんとかしないといけないね」という発言がみられたこと、そしてその様子が深刻な様子であり、酒害に対して深化して認識している部分もある、ということを喜ばしく思いました。
 
そこで本人と相談し、月一回だとモチベーションが上がらないため、毎週採血をしてγ-GTPを追い、節酒に努めることにしました。毎週採血すると、痛みを伴うこともあり本人の印象に残りやすく、ご本人の節酒も維持できました。その後γ-GTPは毎週順調に低下。2桁を目標にしましたが、200程度で安定したため、また毎月の介入に戻すことにしました。なおこの間、本人の痛みを伴う採血を受入る努力、節酒への努力は是認し続けました。
この方は、これまで何度も断酒を試みてはうまくいかないことを繰り返しておられた方です。まだ介入を開始して4か月に満たない状況ですので、効果を判定できる時期ではありませんが、これまでのことをお聞きしていると、介入がまずうまくいっているのではないかと考えています。
 
ここで節酒、断酒への個人的な考えについてご紹介します。アルコール依存の方に関わる支援者の方々から、節酒で良いのか、断酒が必要なのか、質問を受けることがあります。事実アルコール依存に関わる医療者のなかには、節酒では意味がなく、断酒が必要であると主張される方がおられます。その考えは尊重します。ただ私は、なにか本人が本来したかったであろう、生産的な活動をするためには断酒が必要ですが、ただ整容を整える、最低限の健康をまもるためであれば、節酒でも目的は達成可能だと考えています。アルコール依存の方は、断酒に対する知識は持っておられることが多いです。ただ深く理解されているわけではないことも多いです。したがって、本人が認知症になっている状況でない限り、できるだけご本人にしっかりと理解していただけるまで、工夫をして粘り強く説明をした上で、断酒まで頑張りたいのか、節酒にするのか、本人の意思を尊重して判断したいと思っています。
 
本格始動4か月、現在40名の方を訪問させていただいています。まだまだ始まったばかりのクリニックです。内科と異なり、精神科では「訪問にきてもいいよ」と言っていただけるようにするまで、色々と工夫が必要となります。そのために、まずは本人のニーズを引き出し、本人が主体的にかかわれるようにすることが必要です。そのために、私たちはどのようにかかわったらよいか、自分もよくよく考え、さらに他の支援者とも相談して、少しでもとっかかりを模索することを続けています。
また地域で診ることができない状態に関しては、責任を持って限界設定を行い、それを逸脱する際には強制入院もカードとして保有すること。なにより全力で真摯にとりくみ、地域の信頼をえること、そういったことを心がけています。
 今後ともよろしくお願いいたします。

■Q&A

Q. 80歳代後半の男性。認知機能は年齢相応ですが、妄想があります。妄想の内容は、エアコンから声が聞こえる、自分名義のビルが立つ予定、大統領が会いに来るのでお土産を買いに行く、といったもの。長谷川式の検査は23点です。この場合、認知症からの妄想と考えても良いのでしょうか?
A. 病名と対処しないといけない戦略の練り方は分けて考えないといけません。長谷川式が23点であれば、認知機能が落ちているわけではないですね。妄想が主体なのであれば、妄想性障害という病名をつけることになると思います。妄想性障害は高齢者に多く、被害妄想が目立ちます。もともとの性格にもよりますが、拒否が強い特徴もあります。この場合、抗精神病薬を使用して妄想に対処しないと、ケアを入れるにしても困難になります。したがって、何とかとっかかりを作り、医師と本人との間で関係性を構築しつつ、少しずつ薬を試していくことが大事になります。
ただ実際に薬を飲んでもらうことは、とても難しいです。どうすれば薬を飲んでもらえるか、それはこの医師が言うことなら聞こう、と思ってもらえるようになることです。これは本人の能力によるのかもしれません。一番良くないのは、薬の効能等を説明して本人を論破しようとすること。そうではなく、いつも自分のところに来てニコニコとして話を聞いてくれる医師がいて、この人ために飲んでみようか、患者さんにそう思ってもらえるようになることだと思います。

Q. アルコール依存について。アルコール依存の状態になるまでの段階で、節酒はできるのでしょうか?
A. とても良い質問ありがとうございます。依存になるまでの人も節酒はできます。断酒も絶対にできる。なぜなら、酒を飲まなければいいだけだからです。そのために病院や施設に入ると、飲まなくなることはできます。その後95%くらいの人は、そのまま酒を飲まないで過ごしていきますので、ほとんどは断酒できます。ただその人が節酒するかというと、誰かが継続して「節酒しようよ、節酒してすごい」と、言い続けないといけないかもしれません。この役割を家族が果たすことは困難です。というのも、節酒に失敗してトラブルを起こすことがあると、家族は本人に期待していることもあって失望してしまい、結果的に励ませなくなってしまうからです。したがって、仕事として対応できる他人にお願いする必要があります。例えば仲の良い看護師やケアマネージャーが、仕事として本人が節酒していたら褒めることを続けると、節酒を継続できるのではないかと思います。ただこれも先ほどの抗精神病薬の内服の話と同じで、どのような人が対応すれば、本人が乗ってくるかという要素も大事です。例えば人を褒めるのが上手な人がやり続けると、節酒状態は長く維持できるのではないかと思います。

Q. アルコール依存に関して、薬剤師からの質問です。薬物治療はどの程度効果がありますか?アルコール依存に対する薬を処方されていますが、服薬してくれず、困っています。
A. アルコール依存の方に使用する薬物には、主に2つあります。一つは断酒薬、もうひとつは抗酒薬です。抗酒薬は内服後に飲酒すると気分が悪くなり、倒れてしまうこともあり、ひどい経験をすることを通して飲酒をしなくなる、という薬です。朝に内服しておくと、夜に酒を飲むと状態が悪くなり、飲酒を抑制できるようになります。ただ朝内服しないと、意味がありません。
断酒薬は飲酒に対する欲求を下げる薬で、最近セリンクロという薬が開発されています。この薬を飲むと、飲もうという欲求が抑制され、内服していないときに比べて飲酒量が半分になるという研究結果も出ています。ただ、私自身は効果を自覚したことはありません。内服するだけでなんとかなるわけではなく、本人の「飲酒を辞めたい」というモチベーションの根源を用意してあげることも必要です。内服してもらうことに加えて、断酒をしていることを褒めてあげる、そうすると少しは効果があるのではないかと考えています。いずれにしても、服薬すれば全部解決するというわけではないので、服薬だけに頼るアプローチは避けたほうが良いでしょう。

Q. アルツハイマー型認知症、うつ病、神経症を抱えておられ、訪問看護をはじめた利用者がいます。気分によって拒否が強くなることがあり、困っています。どのような問いかけをするのがよいか教えてください。
A. これは難しいです。基本的にこのよう方と会う時は、ニコニコして接するようにしています。そしてなんでも褒めるようにしています。ひとつ例を紹介すると、都営住宅に住んでいる方で、とても暑いのにクーラーをかけない方がいます。このお宅は暑いけれど、コンクリートの厚みのせいか、何もない家よりは少しは涼しい。その家に、老婆が一人暮らしています。この状況で、「何もない家よりは涼しい、ここ涼しいな」と持ち上げるようにしています。また「汚くてすみません」とおっしゃいますが、「全然汚くないですよ、ここも綺麗です」と褒めていると、だんだん受け入れてくださいます。
精神科の病気の方は、人とのコミュニケーションを取る機会も限られています。家族からは入浴や清掃などができているかチェックされ、できていないと叱られることが多くあります。でもご紹介したようにたびたび褒めていると、私たちの訪問を楽しみにしてくれる人も出てきています。そのような関係性ができてくると、「その人のいうことは聞こう」となってくれる人が増えるかもしれません。
あとアルツハイマー型認知症であれば、メマンチンを使うと拒否が少なくなります。抗認知症薬や抗うつ薬を使用すると、ケアへの拒否は減少する傾向にあります。ですから拒否が強い人には、内服薬を使うことを勧めます。なおHDS-Rが10点台になるまではいろんなことを覚えてくれています。覚えてくれたら、やってくれることは増えます。難しいけれどまずは関係性を作って、ニコニコしていること。そして本人がいい気持ちになるようにしていると、やってくれることもどんどんと増えるでしょう。

Q. 訪問診療では、認知行動療法などのカウンセリングもされていますか?
A. 認知行動療法が効く可能性があるのは、うつの人で認知症のない場合です。実際に認知行動療法をやるには、準備を整えて30分から1時間かけてやらないといけないので、費用対効果は高くありません。したがって、しっかりとしたワークとして認知行動療法をやることはありません。しかし認知行動療法を意識した会話をすることはあります。
例えば世の中には、なんでもネガティブに捉える人が1割ほどおられます。うつ病になるとその頻度が多くなり、3〜4割ほどの人があらゆることにネガティブになります。日常的な会話をしていると、「外に出たくない、出たくない理由は外にいると買い物をしたときに嫌な顔で見られるから」など、なんでもネガティブになる人がいます。そういった人には、実際のところ他人は自分に興味を持っていない、誰も嫌な顔で見る人はいないということに気づいていただけるような関わりをします。ただそれ以上のことをしているわけではありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?