死と老いの意義

すべての生き物は「食事を楽しむため」に生まれてくる。略して「楽しむため」に生まれてくる。では死と老いはなぜやってくるのでしょうか?楽しむために生まれてくるのに何で死ぬんだ?考察していきたいと思います。そもそも死は安らぎであり、不幸ではありません。「よく遊んだ」「よく働いた」「よく頑張った」「よく耐えた」何でも当てはまりますが安らぎです。安らぎは自分で得ることはできない。確かに自〇は可能だし、恐らくそれで安らぎを得ることは出来ます。だが私はオススメしない。以前の記事「パラダイムシフト」でも述べたように、自〇なんて競争社会の弊害でしかない。私は競争社会を全否定しよう!と言っているのです。だからオススメしない。さて、我々生き物は生まれてから電源が入りっぱなしで(睡眠というスリープ機能はあるけど)コンセントが抜けない限り活動しまくりです。でも長い年月をかけてじわじわと、徐々にコンセントが緩んで抜けかけて、やがて勝手に抜けます。これが寿命です。老いの「過程」も人生楽しむためには必然です。皆さん思い当たる節があるのではないでしょうか?幼少期、子供時代、10代、20代、30代、40代・・・年を重ねても、各年齢ならではの楽しみ方があるものです。ファッションが特に顕著ですね。人生のすべてのステージをすべてのやり方で楽しみ尽くす!それが老いの意義です。そしてついにコンセントが抜け落ち、安らぎへ・・・
それでは今日も美味しい食事を楽しみましょう!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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