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大好きな人たちに会っておきたいという気持ちを持ち続ける

想像もしてなかったこんな世の中になって、これまでの生活が一変した2020年も12月。

先が見えない中、みんなが我慢して耐えつつ、それでも手探りで前に進めた人、進めなかった人、それぞれあるのも痛感している。
仕事も家庭もいろんな事情があるし、今も全く自由に動けない人たちがたくさんいることも周知の事実。

この騒ぎが始まり日々が過ぎていく中で、個人個人のコロナに対する価値観の違いがはっきり分かれた気がする。
どれが正解でどれが不正解なのかはわからないけれど、その価値観の違いに怖さを感じることもあり。

職場であっても、友達であっても、何なら家族であっても言葉を慎重に選びながら会話することが多くなった。
自分と違う価値観の人とは自然に距離を置くようになったというか。
やるせなさも多く感じるようになってしまった。

その一方で、コロナ禍での生活により、ちょっとした幸せや感謝をより敏感に感じられるようになったという面もあるのかな。

私は大好きな人たちの音楽を聴きにいろんな土地に出かける生活を送っていたので、コロナ禍以前は休みの日にはいろんなとこを飛び回っていた。
それができなくなって物理的な距離の大きさを痛感する日々が夏まで続いて、自分でもびっくりなくらい鬱屈としていた。
私でもこんなに落ちるのか…と何度となく思うくらい。

夏に入って少しずつ日常を取り戻せるのかも?と思った反面、まだまだ公言して出かけられる雰囲気もなく。

でも、私は大好きな人の歌を聴きたかったし、友だちにも会いたかった。
なので様子見ながらそれまでの生活に近づけるべく再開してみた。

私なりいろいろ考えたし悩んだ。
でも、コロナに関わらず自分にも周りにも何が起こるかなんて誰にもわからないのだな、とも痛感して。
なので、職場から示されたルールを破らない程度には動こうと腹を決めた。

そうして、友達に会い、大好きな人の歌を聴いた。
そういう時間を作れた私はラッキーなだけで、まだまだたくさんの人たちが不自由な生活を強いられてるのも事実。

また世の中、第3波と言われ騒々しくなっている。

私は、私をとりまく環境や人間関係、約束事を分析しながら、新しい生活様式の元で少しでも幸せを感じられる人になりたい。

ここ最近は、なぜだか歌を聴くたび涙が出てくるし、ほんとに計り知れないパワーをもらえる。
生でなくても配信でも。
いろんなことに対する感じ方が敏感になり、何かが研ぎ澄まされたんだろうな、、と漠然と思う日々。

私はこれからも許される限り、最大限気をつけながら、大好きな人の歌を聴きに行きたいし、大好きな友だちに会いたい。

コロナが理由というだけでなくいつまた動けなくなるかなんて誰にもわからないし、日々凹みそうな情報が流れてくるけども、その気持ちを持ち続けることで前を向けるかなと。

「みんなそれぞれいろいろあると思うけど、頑張って頑張ろう!ということです」とは、私が大好きなミュージシャンがよく言ってくれる言葉。
それしかない!と私も信じている。
何より歌で勇気づけられてることに感謝しかない。
ありがとうございます。

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