おたくの歴史④ 平成後期篇
・2012~2018 オタク後期
前回は2010年代のアイドルオタクについて書きました。今回は10年代のオタクを激変させた「アイドル・スマホ・ソシャゲ」の残り2つについて書いていきます。
・スマホ時代到来
2007年に初代iPhoneが発売され翌年にiPhone 3Gが日本上陸しました。ほどなく米韓中日の各社からAndroid OSを搭載した携帯も続々発売され、スマートフォン時代が到来しました。日・芬の電機メーカーはこの時世界で太刀打ちできるようなAndroid端末を製造することができませんでした。中韓台が台頭するのはこの時期ぐらいからです。
スマホ時代到来によりインターネット上でのコミニュケーションがソーシャルネットワーキングサービス主体に変化しました。Facebookや小説家になろうが2004年、TwitterやPixiv、Netflixのストリーミングが2007年、Instagramが2010年にサービス開始されました。SNSはスマートフォンと一体化して人々のネット上での活動がこれらに紐づけされる形になりました。これまで、匿名掲示板やブログはオタクの世界という雰囲気をまとっていたのですが、SNS時代以降は「リアルとネット」「一般人とオタク」「作り手と消費者」の垣根が徐々に無くなっていきました。まずはこれがオタク後期の大きな変化です。スマホ所有割合は2013年にガラパゴス携帯を上回り、この年以降のネット環境やオタクの活動環境は2023年現在と全く同じです。違いはせいぜいTikTokが無いぐらいです。
ブログは携帯では長文を書くことが困難という理由で衰退し、この時期から日本のインターネットプロバイダーの事業撤退によるウェブサイトの消滅が進みました。さらにアフィリエイト(広告収入)目的の中身がスカスカなサイト、例えばNaverまとめ等が乱立し、これまで無償で熱意を持って運営していたサイトが検索でヒットしなくなり運営者が馬鹿馬鹿しくなったためこれらサイトは続々閉鎖や更新停止されました。その結果日本語ネット上の知識の総量が右肩下がりに減少していきました。今読者の皆さんが見ているネットの世界というのは、昔と比べて荒廃した後の姿だと知っておいてください。もちろんオタク分野の知識、例えば「名作アニメ100選」「傑作マイナーRPGを紹介」みたいなサイトもどんどん消えていきました。バトンタッチするようにこの時期から「HikakinTV」のようなYoutuber・動画配信者・ゲームの実況プレイヤーが徐々に人気になっていきました。
10年代前半の2ちゃんねるでは「ニュース速報(VIP)」という雑談板の代わりに「なんでも実況J」という板が人気になりました。これは野球中継を観戦しながらエセ関西弁で雑談するという異色の板で、野球至上主義を標榜し反アニメでした。これまでのネットのオタク史とは正反対の現象が起きたのです。その後、なんjは殺害予告が繰り返されるなど荒れた板になっていき、2014年に2ちゃんねるの不可解な分裂騒動が起きた後はなんjも含めた全板が急速に衰退し、インターネットでの影響力は無くなりました。
・ソーシャルゲームの普及
スマホ時代にオタク界で最も勢力を伸ばしたジャンルがソーシャルゲームでした。元々は2007年の「釣り★スタ」、2009年の「怪盗ロワイヤル」などガラケー向けのサービスでした。しかしガラケーなのでゲーム性は低く、ゲーマーからは詐欺同然の扱いを受けていました。ソシャゲには悪名高い「ガチャ」というお金(現実世界の現金)を払えばランダムでアイテムやキャラが手に入るシステムがあり、ゲームオタクからは嫌悪されていました。
その流れが一変したのが2011年「アイドルマスター シンデレラガールズ」のサービス開始後でした。元々アイマスはコンシューマ用ゲームで、ゼロ年代後半にも主にニコニコ動画で一定の人気はありました。それがデレマスのリリース以降は爆発的に人気ジャンルになったのです。これを皮切りに「ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル」「グランブルーファンタジー」「Fate/Grand Order」など矢継ぎ早にオタク向けのソシャゲがリリースされました。ちなみに2013年には「艦隊これくしょん」がリリースされましたが、これはブラウザゲームであり課金要素は良心的なので区別しておきたい所です。オタク向けだけでなく「パズル&ドラゴン」「モンスターストライク」「ツムツム」など一般層向けのソシャゲも普及しました。こうしてデレステ以降は「オタクならソシャゲをやるのが当たり前」というように空気が一変し、ソシャゲをやらないオタクは一部の硬骨漢だけになっていきました。
10年代にソシャゲが大ブームになった理由には、スマホの普及によってゲームの内容やグラフィックが向上した事・通勤通学時間などのスキマ時間に遊べるので携帯ゲーム機市場を奪い取った事・ガチャが当たった時の脳内麻薬的な快楽が挙げられるでしょう。「ポケモンGO」のような位置情報ゲームという全く新しいジャンルを産んだ事、スマホという媒体は音楽ゲームやパズルゲームと相性が良く人々を楽しませた事、この2点は素直に褒めたい所です。
しかし、ソーシャルゲームはガチャによってお金を搾り取られ、莫大な借金を負う事も珍しくないゲームでもあります。「お金が返って来ない賭博」と言い切っても良いでしょう。また、進歩したといってもソシャゲの多くは単調なゲームシステムなので率直に言えばプレイしていても楽しくない事、お金で勝利を買う事が出来る品性下劣さなども問題点に挙げられます。しかし、私の気持ちとしては、そういうずっと繰り返されてきた頭カチカチな批判にも飽き飽きしています。既にオタク界はソシャゲ業界と不可分になっていて、ソシャゲを一切遊ばないのはオタク的な話題から切り離されてしまい、孤独に苦しむ形になってしまうのです。2010年代以降のオタク文化は、常に依存症と隣合わせの厄介な趣味になってしまいました。
↑アイドルマスター シンデレラガールズの代表曲
・推しと尊い
まず、10年代はAKBグループに代表されるアイドルブームで、オタク界でも先に挙げたアイマス・ラブライブに加えBanG Dream!・アイカツ!(子供向け)・あんさんぶるスターズ!(女性向け)などアイドルジャンルがブームになりました。これは新しい風潮で、実は10年代になるまでオタク向けのアイドル作品はほぼ無く、マクロスシリーズが巨大ロボとセットなど他の要素と合わせた物だったのです。
こうしたアイドルブームの結果、アニメオタクとアイドルオタクの合流が起きました。それによって「萌え」概念が廃れ「推し」という新たな概念がオタク界に浸透しました。読者の皆さんは「推しって何だよ。韓愈の故事かよ」と思われるかもしれませんが、この推は「推挙」の意味で、ある人を応援するという意味です。また、「尊い」という言葉も普及しました。これは元々創価学会が運営する大学の学生が使っていた言葉で、信仰心が篤い言動をした人に対して「尊~い」と使っていました。これが転じて応援対象のアイドルのパフォーマンスなどが神仏のように崇高だと感じた時に「尊い」と表現するようになりました。
総じてオタクというのはこれまで自己完結の世界だったのですが、「推し」時代以降は誰かを応援する事が大事という他人本位の考え方になりました。また、常にSNSで相互監視されているため、自分の嫌いな作品やメンバーを批判することを厳に慎むようになりました。こうした推し概念は非常に立派な考え方だと思いますが、意地悪く言えばオタクの金づる化が進んだとも言えるでしょう。10年代以降のオタクからはどこか宗教っぽさを感じます。
アイドルオタク概念の流入により、オタ活の中心がこれまでの「同人誌作成」「考察」などから「イベントへの参加」に移行しました。10年代からライブイベントや2.5次元演劇が盛んに開催されるようになりました。それにより、インターネット以降は首都圏と地方のオタク格差は少なくなりましたが、アニメのライブイベント化により地域格差が再び大きくなりました。
・ジャンルの隆盛
廃れたジャンルもありました。例えばロボットアニメはガンダム以外まるでヒット作が出なくなります。ゼロ年代っぽい学園モノも廃れましたし、ガンアクションも流行らなくなりました。ゼロ年代後半にムーブメントが起きた日常系は10年代前半も「ごちうさ」「のんのんびより」等が人気でしたが、10年代後半からはついに飽きられます。10年代後半からはファンタジー作品が再びブームになり、特に「小説家になろう」という投稿サイトの作品が大ブームになりました。なろう系の小説は主人公が一切苦労しないひたすら稚拙でご都合主義的な内容でしたので、当時から評価が大きく別れました。しかし大人気になった事は事実であり、なぜヒットしたのか・何が優れているのかの研究は「こぴーらいたー@風倉」さんのような別の研究者の方に譲ります。
アイドル以外では「艦これ」「ガールズアンドパンツァー」のように萌えとミリタリーを合わせた萌えミリ作品もブームになりました。これには第二次安倍政権の成立以降の日本の右傾化も影響しているのかもしれません。ただ、自分はそれ以外にソシャゲ文化や擬人化文化の影響もあると思います。ソシャゲはガチャで女の子を排出しないといけないので、キャラクターの数が数十人から多い場合は100人以上にもなります。そんなに大量のキャラを無から創造しても魅力のないキャラしか作れません。なので、ソシャゲ製作会社は現実世界の物を擬人化・女体化して大量のキャラを作り出したのです。例えばFGOなら歴史上の偉人、艦これなどミリタリー系なら軍艦・銃・戦闘機パイロット。他には駅・城・動物・悪魔・クラシック曲などありとあらゆる物を擬人化しています。これらはオタク文化というよりネット文化で、過去にはアフガニスタン・バックベアード・ケンタッキーフライドチキンのビスケットなど色々変な物が擬人化された事があるのですが、その文脈を流用してソシャゲを立ち上げたのです。しかし、戦艦大和や切り裂きジャックを美少女にする感性は人によっては嫌悪感を抱くこともあるかもしれません。補足として、ガルパンと茨城県大洗町・ラブライブと静岡県沼津市のようにこの時期はアニメの舞台で町おこしをする事がブームになったのですが、それ以外は失敗例が多く現在では廃れました。
10年代には「進撃の巨人」という月刊マガジンの漫画が大ブームとなり、4大少年誌の漫画がこれ以降オタク界の人気の主流になっていくこと、また過酷でバイオレンス描写がある漫画が流行ることの先駆けとなりました。ワンピースや名探偵コナンのよう人気漫画もこの時代に急激に人気が復活しています。また「弱虫ペダル」「ハイキュー」「ユーリ on Ice」のようなスポ根ものが流行するようになりました。これは意外と驚くべきことで、元々オタク文化には70年代の「巨人の星」「アタックNO.1」といったスポ根ものへの拒絶感があったからです。それが10年代に人気になったことは、オタク界への一般人の流入を表していると思います。
また、10年代に顕著になったのは女性オタクが表舞台に出てくるようになった事です。元々、最初期から女性オタクは男性以上に同人誌作成などオタク活動をしていたんですが、これまでは男性オタクばかり注目されていて深夜アニメも男性向けの萌えな作品が作られていました。それが10年代からは女性向けのイケメンが沢山登場するアニメが1クールの半分くらい作られるようになり、女性オタクのBL文化もごく普通の趣味の1つとして許容されるようになりました。スポ根作品のヒットもこうした女性オタクの後押しが原因です。女オタクはBLを好む腐女子が有名ですが、女性の自分と男性キャラとの交際を妄想するのを好む夢女子という存在もあり、夢女子の対象には女性キャラも含まれます。また、男性オタクでも女性キャラ同士の同性愛(百合)を妄想する人が増えました。10年代は現実世界でLGBT概念が浸透するのと軌を一にしてオタク界でも性的規範概念が消滅していったと言えるでしょう。
2016年には「君の名は」が日本映画史で空前のヒットとなりました。その結果現在までアニメ映画がブームとなっており、数多の大ヒット作や芸術的に優れたアニメ映画が作られ、オタク文化の掉尾を飾りました。代表的なものは「シン・ゴジラ」「風立ちぬ」が挙げられますが、個人的には「この世界の片隅に」と「天気の子」が好きです。
・2010年代の空気
これは私の主観的な思い出なのですが、2010年代前半は、まだまだ深夜アニメでどんどん面白い作品が出てくるという雰囲気がありました。しかし10年代中盤以降は深夜アニメを見ても全然面白い作品が出てこないと失望する事が多く、シーン自体が沈静化していくように感じました。この原因は深夜アニメの原作が枯渇したことと、ソシャゲ・アイドル・女性向け作品にブームが移行したため、深夜アニメ全体から熱狂が去っていったのでしょう。またソシャゲ作品がアニメ化に失敗することも多く、超有名作品なのにつまらない作品を流すことが深夜アニメのイメージにダメージを与えました。
2017年に「けものフレンズ」がブームになるんですが、続編で不可解な監督降板と大炎上があり、その時期からオタク界全体から「みんなでこの作品を盛り上げていこう」という熱い一体感のようなものが消滅していったような印象があります。10年代以前のオタクは「ヲタク達でバカなことやろうずwww」みたいな明るい雰囲気があったのですが、Twitter以後のオタクはアニメやライブを見ている時以外は「人生は苦しい事だけ」「どうせいつかは床のシミ」みたいなマイナス発言ばっかりしている印象があります。これはアイドル・ソシャゲの時代になり、オタク活動をする事が他人との競い合いになってしまった結果なのかもしれません。
最後に10年代の変化として、オタク文化が世の中から称賛されるようになりました。テレビで日本のANIME文化が好きな外国人観光客が流されたり、有名な野球選手がももいろクローバーZのファンを公言したり、選挙で総理大臣が秋葉原を最終演説の場所に選んだりするなど、アニメやマンガやゲームは日本の誇るべき文化であり経済効果がすごいという事が強調されるようになりました。この原因にはそれはもうごく単純に日本のアニメ作品やゲーム作品が世界的に見ても素晴らしい芸術だからという事があります。それは宮崎駿監督作品や任天堂のゲームを見ても明らかです。もう一つの理由としては、失われた30年を通じていよいよ日本の経済的豊かさが崩壊した事があります。この時期、日本人の賃金は欧米の半分程度になり、韓国・台湾に追い抜かされそうになっていました。そうして日本人は自分自身・日本企業・日本の科学技術等に自信を持てなくなっていたので、その代わりに日本の自然や観光名所に加えてオタク文化を日本の誇りとして持ち上げることで自尊心を回復しようとしたのではないかと考えます。
以上、次回は令和時代のオタクとオタクの未来について説明します。
・おまけ
こうした2010年代の流行「アイドル」「ソシャゲ」「ギャンブル」「擬人化」「動物」「歴史」「夢女子」「百合」「スポ根」を全部合わせたコンテンツが2018年~2020年に出現しました。それがウマ娘です。今にして振り返ると、ウマ娘の人気が出たのは、レースのグラフィックがフルポリゴンで美しかった事、ゲームシステムもコナミの「実況パワフルプロ野球」を参考にした物で面白かった事に加え、とにかくウケる要素を全部入れた闇鍋感が良かったのかもしれません。
↑ウマ娘のライブイベント。これがオタク文化のゴール板です。