「ウグイス」第2話

トントントントンと小さな鼓動が、ウグイスの胸を何度も速く打っていた。
ウグイスは、何も考えず、そんな自分の心臓の音を聞いていた。
やがて、その音がゆっくりと静かになってくると、ウグイスはあたりを見渡し、そしてぶるりとひとつ震えた。ここがまだとても寒いことに気がついた。そして、なぜ自分がこんなところにいるのかが思い出されてくると、さっきまで速く動いていた心臓のあたりが、ぢくりと痛んだ。そして、そこからまるで血がにじみだしてくるように、熱く、胸がじわじわと苦しくなり、口の中には苦い味が広がっていった。痛い、おいしくない。ウグイスは、たまらずケトケトと泣きはじめた。そして、ふと、そんなケトケトと泣く自分の声がとてもぶざまに聞こえた。ウグイスは、ますます自分がふびんに思え、ついには大声で泣きはじめた。もはや自分は一人ぼっちだ、という気持ちになり、鳴き声はますます自由に、大声になっていった。ウグイスは、思いきり大声で泣いた。
「うるさいなあ!なんだっていうんだ!」
突然、ウグイスの頭の上の方から声がした。一人きりだと思っていたウグイスは、驚きのあまり、口を開けたまま固まってしまった。ウグイスだけの、一人きりの自由な世界は一瞬で消えた。
「す、すみません…」ウグイスは、目をパチパチして、涙を落とすと、おそるおそる声のした方を見上げた。木の幹の穴から、しかめた、眠そうな顔をしたリスがこちらをにらんでいた。ウグイスは、リスを見つけると、パッとうつむき、「本当に、ごめんなさい」と、ボソボソっと謝った。
ウグイスは、再び飛び立とうとした。すると、謝られたリスは少し機嫌を直したのか「まあ、いいや。どうせ、もうそろそろ起きなきゃないらない頃だったからね」と言った。それを聞いたウグイスは、ほっと胸をなで下ろし、ケッケッと何やらつぶやいたのだけれど、なんて言ったのかはリスにはさっぱりわからなかった。
「それで?」リスは言った。「きみはどうしてこんなところに来ているの?ここじゃ、きみらはまだ早いんじゃない?」
「それは、その…」ウグイスは、急にそんなふうに誰かにここへきた理由を聞かれるとは思っていなかったので、何からどう話せばいいかわからなかった。
「あの、その、実は、歌が…」ウグイスは、ドギマギしながらも、思いついたままを声に出してみた。そして、話し始めると、また、その時の気持ちを感じて、ケトケトという泣き声も合いの手に入りはじめた。リスは、黒いまんまるい目をぱっちりと開いて、そんなウグイスの話をだまって聞いていた。そして、ウグイスがなんとかひと通り話し終えると、リスは無言で、きれいに生えそろった前歯をゴシゴシと小さな手で磨きながら何やら思案しているのだった。
ウグイスは、何も言わないリスを見上げてみたかったが、見るのがこわい気持ちでもあった。他のウグイスたちの笑い声が、ふとまた聞こえた気がした。いたたまれない気持ちになってきたウグイスは、思わず飛び立とうとした。
すると、リスがあわてて「おい、待てよ!まったく、すぐ飛んで行こうとするな。これだから、羽のあるやつは困るよ!」と怒鳴った。
羽を広げたウグイスは、はっ!と我に返り、しわしわと羽をしぼめると、また、ケッケッと何やら呟いた。
リスは、ウグイスに見せつけるように、大げさに腕を組んで見せると、ウグイスを見て、一つうなずいてみせた。うぐいすも、つられて一つうなずいた。
リスは、再び宙を見ながら何やら考えはじめた。ウグイスは、そんなリスを、ときどき首をかしげて、ちらり、ちらりと様子をうかがった。
リスはなにかを必死に思い出そうとしていた。たしかここにあったはず、と小さなくるみほどしかない頭の中を探し続けた。
そしてついに、リスはそれを見つけると「ああ、そうだ!」と声を上げた。

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