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ヤギ乳の話

しばらく田畑を見ていないので
土のにおいとか草のにおいとか
昔は当たり前にあったそれらが懐かしいこの頃

友人から「ヤギ乳の癖が強くて飲めないんだけど
どうしたら飲みやすい?」と唐突にLINEが届いた

勿論、今の私がヤギと暮らしているわけではない

あれはもう30年近く昔のことだろうか
生まれ育ったは海と山に囲まれる田舎町

陽射しの強い初夏
所々へこんだ水筒には
搾りたてのヤギ乳とバニラエッセンス
砂糖とたっぷりの氷が入れられていて
幼い日のわたしは
親がクワを振る姿を畑の端でぼんやり眺めながら
とびきり冷えた真っ白なそれを夢中で飲んだものだ

バニラに重ねて香る草やら土のにおい
口いっぱいに広がる不思議な癖のある味

やがて家のヤギが死に、以降は飼わなくなり
私は小学校にあがり学校給食がはじまって
牛乳を毎日飲むのが当たり前になってー

ヤギ乳を飲んでいた記憶などは
遠い昔の一瞬のことだったというのに
独特のにおいと味が
褪せることもなく蘇るのは不思議だ

音声や映像とちがって、SNSを駆使しても
匂いや味は、他人と完全な共有はできずに
自分の中だけに何年も何年もずっと刻まれている

何がブームになるか分からない時代でも
ヤギ乳がタピオカの様に流行ることは多分ない
文頭の友人のようにスーパーで見かけて買っても
持て余す人が大半だろう

あれは多分、喉がカラカラになった農家の子が畑の隅っこで飲むから特別な味がしたのだ


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