6年前の私が伝えたかったこと
これは、6年前のこの手術入院の後、退院が決まった日に子どもと一緒に撮った一枚です。
当時、離島に住んでいたため、約1ヵ月、離れ離れの生活でした。なんの前触れもなく、突然離れて暮らさなければならなかった私たち親子。
当時は死への不安の方が強かったものの、子どもたちに逢えないことが何よりも辛かったです。
この経験で学んだことを、無駄にはしたくなくて、誰かに何かを伝えたくて、私は入院中、日記を書いていたようです。(当時の記憶はところどころ無くなっています。脳手術の影響で誤作動を起こしていたみたい。)
※術後1週間の時の日記をそのまま載せます。
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32歳の夏。突然の脳卒中。緊急ヘリ搬送。
その日を境に生活がガラッと変わりました。
選択肢もなく、こども達とは急な別れ
いつも一緒にいた夫とは、1日に1時間しか面会できず
逢いたい人に会えない
ご飯も普通に食べられない
髪の毛は一部無くなり、お風呂も トイレも 何もかも自分でできない。
看護士さんに助けてもらわないと寝返りさえできない。
今まで普通に出来ていたことが突然出来なくなりました。
死への恐怖をこんなに若くで味わったことも
全て、意味があって起こったんだろうなって思いました。
これまで私は、自分の人生をうまく生きられず
時には、自分は不幸だ、死にたい・・・と思ったこともありました。
でも、違う。もう違う。
そう思いました。
命を落とす可能性の高い病気なのに、私は助かった。
この命、もう二度と、必要ないなんて思ってはいけない。
今はリハビリ中で、まだ動けないけれど、体が治って家に戻ったら
今度はもっと自分の生活を、目の前の出来事を大切にしたい。
命は今日が最後かも、明日が最後かもわからないのだから
人生を過去や境遇のせいにしないで
毎日やりたいことを精一杯やり、逢いたい人に会い
家族や友達には毎日ありがとうの気持ちとハグを
いつ、命や体が思い通りにならなくなっても精一杯自分の生きたいように生きようと思いました。
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これが、病気がわかってから手術を受け、命が助かった直後に自分が感じていた思いです。
あー、6年前のこの熱い気持ちも、どこか忘れかけていた私。
記録があるって、いいことですね。
別の日の日記も、改めて文字起こしします。
またこうして書きながら私自身、再び人生勉強。
私のnoteをいつも読んでくださる方も
偶然通りかかったあなたも
ほんのちょっとだけ胸に留めてくれたらいいなぁ。
この日常。
普通に生きていること。
誰かがそばにいることは決して当たり前ではなくて。
毎日が奇跡。毎日が貴重なのだと思います。
わかっているようで
実際に死を目前にしなければ、本当の意味では理解してなかったなぁと
助かった今だから言えることです。
しかも、6年たって、今こうしてnoteを通じて新しい出会いがあることも
とても貴重でありがたいこと。
これを読んだりスキしてくれたりするあなたとの出会いは
私があの時助からなければ無かった出会い。
今があることに感謝しています。
今日も読んでくださりありがとうございました。
私の書く記事は多分、伝わる人が限られています。いじめ、機能不全家族、HSP、病気などの記事多めなので。それでも深くせまく伝えたくて書いています。サポートとても嬉しいです。感謝します。コメントも嬉しいです🍀