見出し画像

「杞憂」とは「起こりもしないことを心配すること」なのか?ー漢文教材の取り上げ方への疑問

『列子』を典拠とする故事「杞憂」は、人口に膾炙しており、また高校の古典の教科書にもたびたび掲載されています。そのため、多くの人はその内容をよく知っていると思っているでしょう。例えば、以下のネット上の記事には、「杞憂」についての一般的な理解がよく表現されています。

杞憂の由来は、中国の思想家が記した書物「故事 天瑞篇」の中に綴られた「杞人天憂」の四字熟語からきています。杞人天憂(きじんてんゆう)は四字熟語であり、この言葉を省略してできた言葉が杞憂となります。
「杞」は中国周代の国名の「杞」からきています。杞の国の人たちが「いつか天が落ちて大地が崩れてしまうのではないかとありもしないことばかりを心配し夜もよく眠れず食事もできなかった」という故事の「列子」から取られて「杞人天憂」となりました。(マイナビニュース)

この記事の太字にした部分に注目してください。この部分からは、「いつか天が落ちて大地が崩れてしまうということ」は「ありもしないこと」だと思われていることが分かります。つまり、「杞憂」=「ありもしないことを心配すること」だということです。

しかし、『列子』の本文に即して考えると、このような受け取り方は、実は誤解を招くだけでなく、端的に間違っています。では、どこが間違っているのでしょうか?

1.『列子』本文における「杞憂」の意味

『列子』天瑞篇の本文を読んでみましょう。

(1)杞の國に、人の、天地の崩墜するを憂ひ、身寄する所亡(な)く、寢食を廃する者有り。又、彼の憂ふる所を憂ふる者有り、因りて往きて之に曉(さと)して曰はく、「天は積氣なるのみ、處として氣亡きこと亡し。若(なんじ)屈伸呼吸して、終日天中に在りて行止す、奈何(いかん)ぞ崩墜を憂へんや?」其の人曰はく、「天果たして積氣ならば、日月星宿は當(まさ)に墜(お)つべからざらんや?」之を曉す者曰はく、「日月星宿も亦、積氣中の光耀有る者なり、只使(もし)墜つるも、亦、中傷する所有る能はず。」其の人曰はく、「地の壞(やぶ)るるを奈何せん?」曉す者曰はく、「地は積塊なるのみ、四虚に充塞し、處として塊亡きこと亡し。若(なんじ)躇步跐蹈して、終日地上に在りて行止す、奈何ぞ其の壞るるを憂へん?」其の人舍然(せきぜん)として大いに喜び、之を曉す者も亦、舍然として大いに喜ぶ。(『列子』天瑞篇)

ここまで読むかぎりでは、「杞の国の人」は「天地が崩れ落ちるのでは?」という「ありもしないこと」を心配していたが、「曉す者」がそれはありえないことだと説明した結果、「舎然として大いに喜ぶ(疑いや迷いがすっかりなくなり、大いに喜んだ)」と書いてあるので、「ありもしないことばかり心配すること」=「杞憂」と解釈してもよさそうに見えます。そして、多くの場合、教科書に掲載されるのもここまでとなっています。

しかし、『列子』天瑞篇の本文には、実は続きがあるのです。それは次のようなものです。

(2)長廬子聞きて、之を笑ひて曰はく、「虹蜺や、雲霧や、風雨や、四時や、此れ積氣の天に成る者なり。山岳や、河海や、金石や、火木や、此れ積形の地に成る者なり。積氣なることを知り、積塊なることを知らば、奚(なん)ぞ壞れずと謂はんや?夫れ天地は、空中の一細物にして、有中の最も巨なる者なり。終え難く窮(きわ)め難きは、此れ固(もと)より然り。測り難く識り難きは、此れ固より然り。其の壞るるを憂ふ者は、誠に大いに遠しと為す。其の壞れずと言ふ者も亦、未だ是(ぜ)ならずと為す。天地は壞れざるを得ざれば、則ち會(かなら)ず壞るるに帰す。其の壞るる時に遇はば、奚為(なんす)れぞ憂へざらんや?」(同上)

(2)は(1)の「杞の国の人」と「曉す者」とのやり取りを聞いた「長廬子(ちょうろし)」という学者の論評です。その内容を一言で言えば、「天地が積気・積塊であると知っているのなら、それが壊れないと言うことはできない。天地は必ずいつかは壊れる。」というものです。(1)とは正反対の結論になっています。ここまで読むだけでも、「杞憂」についての一般的な理解が間違っていることが分かりますが、本文にはさらに先があります。

(3)子列子聞きて笑ひて曰はく、「天地は壞れんと言ふ者も亦謬(あやま)りなり、天地は壞れずと言ふ者も亦謬りなり。壞るると壞れざるとは、吾の知る能はざる所なり。然りと雖も、彼も一なり、此も一なり。故より生は死を知らず、死は生を知らず。來は去を知らず、去は來を知らず。壞るると壞れざると、吾何ぞ心に容(い)れんや?」(同上)

ここでようやく、「列子」本人が登場します。(「子列子」とは「わが師である列子先生」といった意味でしょう。)「列子」は(1)の「曉す者」の見解「天地は壊れず(天地が崩れ落ちることなどありえない)」も、(2)の「長廬子」の見解「天地は壊れん(天地は必ずいつかは壊れる)」も、いずれも「謬りなり(間違っている)」と否定しています。このような、一見矛盾するような立場がいかにして成り立つのかは、後で述べますが、とにかく、ここでは『列子』本文における「杞憂」が、けっして「ありもしないことを心配すること」などではないことを確認しておきたいと思います。

2. 道家思想と古代ギリシャ懐疑論の類似性

普通、「Pである」という見解と「Pではない」という見解は、一方が真であれば、他方は必ず偽となる関係にあります。どちらも真であったり、どちらも偽であったりすることはありえないはずです。したがって、「天地が崩れ落ちることはありえない」という見解と「天地は必ずいつか崩れ落ちる」という見解もまた、一方が真であれば、他方は必ず偽となり、どちらも偽であることはありえないはずです。

しかし、「列子」は上の(3)において、2つの見解はどちらも間違っていると明言しています。どうしてこのような立場が成り立ちうるのでしょうか?

ここで注目すべきことが、(3)において「列子」が「どちらも間違っている」と述べた根拠です。もう一度、(3)を読んでみましょう。

(3)子列子聞きて笑ひて曰はく、「天地は壞れんと言ふ者も亦謬(あやま)りなり、天地は壞れずと言ふ者も亦謬りなり。壞るると壞れざるとは、吾の知る能はざる所なり。然りと雖も、彼も一なり、此も一なり。故より生は死を知らず、死は生を知らず。來は去を知らず、去は來を知らず。壞るると壞れざると、吾何ぞ心に容(い)れんや?」

これを読むかぎり、「列子」が「どちらも間違いである」と述べる根拠は、おそらく、直後の一文「壊るると壊れざるとは、吾の知る能はざる所なり」であると考えるほかはないでしょう。つまり、「列子」は「天地がいつか必ず壊れるということも、決して壊れることはないということも、私の知ることができないことである」ということを根拠として、「それゆえ、そのどちらを言うことも間違っている」と結論づけているわけです。

一般的に、「何かあることについて、人間はそれを知ることができない」とする見解を、哲学においては「不可知論」と言いますが、(3)における「列子」の考え方は、いわば「天地のあり方についての不可知論を根拠として、天地はいつか壊れると言うことと、天地は決して壊れないと言うことの両方を否定する」というものであったと言うことができるでしょう。

「列子」の考え方をこのように整理するならば、それが古代ギリシャ哲学における「懐疑主義(ピュロン主義)」ときわめてよく似ていることに気がつきます。(「列子」ではありませんが、同じ道家の思想家である「荘子」に関して、懐疑主義との類似性を論じたものに、佐々木力「『荘子』の自然哲学」〔『反原子力の自然哲学』第四章第二節〕などがあります。)

3世紀頃の哲学史家ディオゲネス・ラエルティオスは、「ピュロン」について次のように書いています。

[ピュロンは]ものごとの真理は把握できないということ(アカタレープシアー)と、判断の保留(エポケー)という形の議論を哲学のなかに導入して、まことに気位の高いやり方で哲学活動を行なったように思われる。(加来彰俊訳、ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』下巻、151頁)

「ものごとの真理は把握できないということ」は、まさに「不可知論」を意味しますし、また、「判断の保留」というのは、「(どんな言明にも、その反対の言明が、全く同等の根拠において成立するために)どんな言明についても、その反対のもの以上に心を傾けない」ということを意味します。

「列子」が「不可知論」に基づいていることは上で述べましたが、『列子』天瑞篇の他の箇所では、ここで言う「判断の保留」ときわめて類似したことも述べられています。

(4)或るひと子列子に謂ひて曰はく、「子は奚(なん)ぞ虛を貴ぶや?」列子曰はく、「虛とは貴ぶこと无(な)きなり。」(同上)

戦国時代の中国において「列子」は「虚を貴んだ」ことで一般に知られていたようです。

老耽は柔を貴び、孔子は仁を貴び、墨翟は廉を貴び、關尹は清を貴び、子列子は虛を貴び、陳駢は齊を貴び、陽生は己を貴び、孫臏は勢を貴び、王廖は先を貴び、兒良は後を貴ぶ。(『呂氏春秋』審分覧)

(4)の「或るひと」はそのことを聞いて、「列子」に「先生はどうして虚を貴ぶのでしょうか?」とその意味を質問したのです。それに対する「列子」の応答は「虚とは何も貴ぶことがないということなのだ」というものでした。

一般に、「Xを貴ぶ」というのは、「Xを重要なことだと信じ、その信念に基づいて行動する」といったことを意味します。だとすれば、「何も貴ぶことがない」とは、「何も重要なことだと信じず、それに基づいて行動もしない」といった意味になります。これは、ピュロンの言う「判断の保留」と、きわめてよく似ているのではないでしょうか?

3. 教科書における漢文教材の取り上げ方への疑問

以上のように、『列子』の「杞憂」には、人間的知識の限界についての、古代ギリシャの懐疑主義にも通じるような、非常に興味深い論点が含まれているのです。

しかしながら、上でも述べたとおり、国語の教科書は多くの場合(1)の部分しか掲載しません。「杞憂」という語の、日本語における常識的な用法に沿っているのかもしれませんが、これでは「常識的に考えて、ありもしないことを心配してはならない」という、きわめて陳腐な教訓しか得られないのではないでしょうか?

教科書を執筆されている方々には、どうかこのようなことも考慮して執筆してもらいたいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?