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春になってきた

 日が長くなってきたなあ。


 一ヶ月ほど前には、夕陽はもう少し早く隠れていたと思う。定時退社して駐車場に向かう短い道程では、山間に消えていく太陽がよく見えた。赤く燃えるような太陽の少し上に、うす紫の空が広がる。それから目を東に向けると、とっぷり暮れた紺色の夜空が見えた。夕方と夜のはざまに立っているような気がして、その時ばかりはスマホの液晶から目を離して、空を見ながら歩いた。
 ほんの一ヶ月で、季節はぐんと進んでいる。定時退社しても、太陽はまだ山には隠れておらず、グラデーションは白と水色。これだけで、ああ暖かくなってきた、一日が伸びたと感じる。こもった空気とくさくさした気持ちが、空を眺めて歩いているだけでポトポトと落ちていくような気がした。


 戯れにその景色を写真に収めようとして、スマホを掲げたことがある。液晶に写った夕陽はどうしてか、目で見ているものより美しく感じなかった。息を吐きたくなるような感動も薄れてしまい、そのままおとなしくスマホを下ろした。写真はむずかしい。技術以前に、経験の問題だろう。部屋の片隅で眠っている一眼レフが可哀想だ。せっかく春になるなら、持ってどこかにお出かけしようか。上手くなりたいなら楽しむこと、技術の前に経験を積むこと。最近、いろんなことに対してそう思えるようになった。最初から完璧なんてできないから、取り組んだことにまず褒めてあげたい。自分が、自分に対して少し寛容になったと感じる。まだまだ自分虐めの悪癖は抜けてないけれども。


 下ばかり向いていると、景色の移り変わりを見逃してしまいそうだ。あわれなスマホ依存症の私へ、たまにはなにも持たずにぼーっと歩いてみないか。空も木も花も、そして鼻も、春の訪れを感じているのだから。

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