短編小説 【美味時間】

休日の正午過ぎ、時間をカフェオレに溶かして飲んだ。
1時間分。
飲み終わると、当たり前だが1時間が過ぎていた。
「また時間を溶かしたの?あーあーそんなに無駄にして…」
「無駄って言わないでよ、美味しく頂いたんだから。」
呆れた顔の母。母にはこの味がわからないらしい。
「時間は溶かすものじゃない、過ごすものだ」
これは母の口グセ。私の耳には立派なタコが出来た。
「昨日は何してたの?」
「昨日は丸ごと飲んじゃいました。」
そんな日もある。
そんな次の日はこっぴどく叱られた。母からも、友達からも。
なんならそんな次の日の更に次の日、医者からも叱られた。流石に24時間丸ごと飲むと身体を壊す。その時学んだ。

時間は美味しい。私は十六になってその味を知ってしまった。時間を飲めるのは本当は大人になってからだけど、大人に隠れて私は時間を飲んだ。どういう関係なのかよく分からない彼がこっそり教えてくれた。部活をさぼっていた私に、彼は「時間なんて飲み干してしまえばいい」と言ってサイダーをくれた。サイダーには私の3時間がたっぷり溶けていて、そうとも知らずに私は全てを飲み干した。
彼の手には彼の3時間が溶けたコーラがあった。
2人で同時にそれを全て飲み干した。

夜になった。

とんでもなく悪いことをした気がした。
だけど、とんでもなく心が踊った。
そして、満腹だった。
「7時だよ」
「7時か。」
「どう?」
「美味しかった」
「そりゃよかった」
誰にもばれなかったのは多分、母が時間を飲まない人だったから。多分、私が幽霊部員だったから。多分、彼以外に友達が居なかったから。多分、時間っていうのは一緒に過ごした人にしか見えないから。

その日は晩御飯を食べずに寝た。私が飲み込んだ3時間は、綺麗に消化されて無くなった。
素敵な時間の溶かし方を覚えてしまった日だった。

寝る前にメールを送った。
「コーラと時間は、味的に邪道な気がするよ。」

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