何かを得たかったら何かを犠牲にしなければならない
大学4年間の体育会の活動で感じたことだった。
日本一を取る。プロになる。日本代表に入る。
何か自分が掲げた目標を成し遂げたかったら何かを犠牲にしなければならない。
私の先輩は現在日本を代表する選手となり世界を舞台に活躍している。
彼のことを近くで見ていない人は彼の活躍を才能やセンスという言葉で片付けるかもしれない。
しかし、それは確実に違うと断定できる。
彼はサッカーを人生の軸として人生を生きているんだなと身近で感じさせられた。
練習が始まる一時間前以上には絶対にグラウンドに訪れる。
練習開始前に自らストレッチやアップを行い、万全の状態で練習を行う準備をする。
練習中には一番考えて練習をする。
練習後には一番早く自主練を行う。
チームの中で圧倒的に一番上手いのに一番長い時間自主練を行う。
自主練後にはダウンを行い疲れを少しでも残さない努力をする。
生活の全てをサッカーに繋げている。
上手くなる為に、日本代表になる為に、世界で活躍する為に。
彼を大学の時から見ていたら、今の活躍は全く運や流れに乗ったものではない。
必然的に今の活躍が約束されていたと感じた。
プライベートの時間を削ってでもサッカーに時間や労力を捧げていたと思う。
全ては活躍するために。全ては自分の為に。
私は彼からプロフェッショナルとは何かを身近で感じさせられた。
何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない。
今後の人生で何かを成し遂げたいと本気で思える時が来た時には、
彼の姿を思い出して行動していきたいと思います。
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