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「日本の最終講義」河合隼雄氏の「コンステレーション」を読んで:今日の感動

この本は
著名人の「最終講義」、「退官記念」、「最後の講義」等、著者本人がそれと自認していたものに限り学問分野を問わず選ばれ集められた内容になっています。
もうご本人は他界されている方々ばかりなので
それを考えるととても寂しいのですが、
興味深い方々の興味深いお話を読むことができました。

私は河合隼雄氏の最終講義が読みたくてこの本を手に取りました。
河合隼雄氏は臨床心理学者です。

私と長男の命の恩人なのです。

もう20年以上も前になりますが
はじめての子どもが生まれ、私は壊れました。
自分の狂気が制御できず、
泣いて助けを求める私に皆戸惑い、
励まそうとしてくれるのですが、

「お母さんがそんなことでどうするのか」
「お母さんは太陽でなくてはならないんですよ」

そうありたかった私はうちのめされました。

「子どもを殺してしまうかもしれないんです」
必死でした。

お世話になっていた小児科で相談すると、
友人がやっているという都内の心療内科を勧められ通うことに。

しかし軽く説明を聞いてくれた後に処方される薬は増え続けるばかりで、
何も変わっていくようには感じませんでした。
ますます不安を募らせ疑問を抱き、追い詰められていくような気持ちでした。
毎朝起きる事が恐怖になっていきました。

そんな時図書館で一冊の本に出合いました。

河合隼雄という名前を私は知りませんでしたが、その本には自分の知りたいことが書かれているようでハッとしました。
それから私はむさぼるように読みはじめたのです。
私の話を聞いてくれる人をみつけたような気がしました。
かみしめるように言葉を追いました。
泣きながら読みました。

あの時の感動と感謝を
今も忘れることはありません。


「日本の最終講義」に載っていた「コンステレーション」もまた私の心に染み入り、考えさせられる内容でした。
感想を書いてみたいと思います。

「コンステレーション」とは英語で「星座」のことなのだそうです。
でもここではスイスの分析心理学の創始者カール・グスタフ・ユングが発案したとされる「コンステレーション」が心理療法の中でどう用いられてきたかという話になっていきます。

例えば山と言えば川という人もあり、山と言えば登ると答える人もいるでしょう。そんなふうにある言葉を言って、その言葉から連想する言葉をなるべく早くいってもらうという言語連想のテストを行うことでユングは興味深い発見をしていきます。

とても単純な言語連想でも連想語を答える時間が遅れるひとがいるということに気が付くのです。
山と言ってもすぐに連想語が10秒20秒たってから川と言ってみたり
黙ったまま答えられないとか、全く関係のないような言葉を言ってみたり殺すなどといってみたり・・・
ユングはそんなことからそれがなんとなく一つのかたまりとして見えてきたと考えます。

山と言えば険しい、父と言うと怖い、馬と言うと蹴るなど。
怖い、恐れているというかたまりのようなものがみえてくる。
そういうふうなことを「コンステレーション」と言ったのです。
心の中にもうすでになにかが出来ているのだと考えます。

ユングは
もともとあった「コンプレックス」という言葉をこのコンステレーションと言う言葉をつかって「コンプレックスがコンステレーションしているのである」というふうに使いました。「心の中にそういうかたまりができている。それがこう出ているのだ」という言い方をしたのです。

しかしその後ユングは元型(アーキタイプ)というものを考え始めます。
人間の心の深いところにはそういう元型のようなものがあって、そのことがいろんなことで出てくるという見方で、人間の心の現象をみようとしたのだといいます。そこから「コンプレックスがコンステレートしている」から「元型がコンステレートしている」と表現することが多くなります。

コンステレーションの中に入った時にはすごい魅力を感じたり、心をものすごく揺さぶられたりする。それは悪魔的な感じがしたり非常に神聖な感じがしたりする。抵抗しがたいような気持で引き付けられる。そういう状態がつまり「元型的なものがそこにコンステレートしている」と考えたのです。

この考え方から次には「シンクロニシティ」という言葉がでてきます。
何か同時に不思議なことが起こるがそれは因果的に説明ができない。
説明ができないがそういうことがどうしてもあるというのです。
ユングはそこにとても大きな意味があると考えます。

ここでは例としてUFOの話が書かれていて
このことについても、私はとても興味深く思いました。

ユングは
UFOという存在があるのかないのかは問題ではなく、かなりたくさんの人が「見たことがある」と言っているのは、なにか非常に大事な元型的なものがたくさんの人の心の中にコンステレートしているからだという見方をしているのです。
その元型的なものがなんなのか。そこを理解することで現代の文化を理解することに役立つのではないか。全体的なコンステレーションを考えることで時代の理解に役立つのではないか。
そのユングの考え方に河合隼雄氏は強く興味をもたれていくのでした。

わたしは
こういったユングの考え方にまずとても関心をもちました。自分が当たり前と思っていることをどんどん壊してくれる!と感じました。
そしてそれが、すごく「知りたかったこと」だ、とワクワクしてきます。

それは河合隼雄氏の著作を読ませていただいているとき、いつも思うことなのです。
人間の本質を見せてくれるような話が自分の心の奥深くに染み入るように感じます。いままで考えたこともなかったはずなのに、知りたかったことと感じるのは、おかしいかもしれませんが、私はたしかにこの場所を求めていたことに気付かされ感動するのです。

この「コンステレーション」という話を最終講義として河合氏が選ばれたというのも大変興味深く、生意気ではありますが、しかしとてもよくわかるというか、ああそうなんだなあとすごく納得いたしました。感動しました。



ここで少し河合隼雄氏が心理療法家になられるまでの経緯を書かせていただきたく思います。

河合隼雄氏は1947年(昭和23年)に京都大学理学部の数学科に入学します。しかし中学や工専の数学とは全く異なる純粋数学の基礎の数学の講義が全く理解できず数学者になるのをあきらめるのでした。そして高校で数学を教える教師をめざすのです。超一流の高校教師をめざす!と決め、高校生の心理を学びうまく教えることが出来るよう心理学を学んでいきます。
そしてロールシャッハ・テストを学び、とりこになっていきます。

奈良の少年鑑別所でロールシャッハ・テストを研究していた高橋雅春氏という人物に出会いさらに学びを深めていきます。ここではいつも英語の本ばかりでしたが、その中でブルーノ・クロッパーというアメリカの心理療法家の仕事に興味を抱きます。そして彼の論文もくまなく読み、隼雄氏はある時どう考えてもおかしいと思える箇所をみつけ、手紙を書いて送りました。
すると返事がきて「これはあなたの方が正しい。これに気が付いたのはあなただけです」と書かれていました。このことに高橋氏の研究会メンバーは勇気づけられ、隼雄氏のアメリカ留学の決意にもつながっていきます。

6年間徹底的にロールシャッハ・テストの研究をした隼雄氏は奨学金の試験にも合格し英会話の特訓も受け1959年(昭和34年)アメリカに渡りクロッパー教授のもとで学び始めるのでした。
ブルーノ・クロッパー教授はロールシャッハ研究所所長を経て1947年からUCLA教授、米国投影法学会の会長でもありました。隼雄氏はUCLAで多くを学び「シンクロニシティ」という言葉もこの教授の授業で初めて聞いたのでした。

クロッパー教授の講義のすごさは圧倒的で、また、その背後には人間理解の深さを感じました。ある時「先生の深い人間理解の基本にはユングの心理学があるのではないか」と質問すると「そうだ」という答えが返ってきました。隼雄氏はユングのことを勉強したいと伝えます。するとまずこれを読みなさいと「ユング心理学入門」というフリーダ・フォーダム著の本をすすめられるのでした。そこには分析家になるには自分を知るために教育分析を受けなければならないと書かれていたため、紹介されたマーヴィン・シュピーゲルマンという分析家に分析をうけることになります。

分析を受けはじめ、クロッパー教授のアシスタントとして半年間務めユングについての勉強もすすめていきます。そして分析の10回目が終了する頃クロッパー氏とシュピーゲルマン氏は二人で相談し、隼雄氏に提案するのです。「スイスのユング研究所に行きなさい。そして資格を取ってユング派の分析家になるべきだ」
両者の推薦でユング研究所から最高額の奨学金が支給されることも決まり二人の分析家の大きな信頼と期待、そしてあたたかい好意に背中を押され河合さんはスイスに旅立つのでした。

しかしスイス留学は多くの人に反対されました。家族同伴(妻と息子二人)が必須だったこともあり、最低3年間学ぶためにかかるお金も奨学金だけでは十分ではありませんでした。
しかし隼雄氏の決意はかたく「世界で通用する人間になるためにはと思っていたんで」周りの反対は問題にしなかったそうです。
お金は両親や兄弟が支援してくれて何とか工面できることになります。スイスでは「ほんとに金のない生活をすることに」なったが、「子どもと散歩したり遊んだり」して「ある意味ではとても豊かな生活」だったといいます。

このスイスでの研究所で中心となったのは教育分析でした。
研究所には9人の分析家がいましたが、クロッパー教授とシュピーゲルマンの強い推薦があり、またその著作を読んで感動していたため、隼雄氏は最初からC・A・マイヤー博士と決めていました。
分析は、隼雄氏自身の心のうちに深く沈潜し探求し、自分が持つ「影(シャドー)」の問題に向き合うことになっていきます。

隼雄氏は分析を受けながら、ある時自身の残虐性を考えるような夢をみるのです。批判的な目でみていたことが、自分の中にもそれがあるのだと思った時、いてもたってもいられなくなります。

その時、マイヤー博士が「A Bar of Shadow」(邦訳「影の獄にて」)を読むように勧めます。この小説は3部構成からなるのですが、「A Bar of Shadow」は、その第1部の部分であり、映画「戦場のメリークリスマス」の原作としても知られています。

こんな物語です。
収容所で捕虜に対し残酷にふるまう日本人軍曹ハラに、とりわけ辛くあたられるロレンスは次第にハラが私心ではなく、アマテラス以来の日本の神話的伝統を体現することでそれを行っているのだと確信するようになります。やがて日本は敗北し、ハラは軍事裁判で死刑を宣告されます。一言も弁解せず受容するハラでしたが、死刑執行前夜、自分のどこが間違っていたのか教えてほしいとロレンスに問いかけるのでした。

隼雄氏はこの本のことでこんな感想をのべられていました。
「読みだしたらやめられなくなってしまった。電車にのっているあいだも読んでいて、涙が出てきて困りました。(中略)あまりに感動したので、帰国してから書いた『影の現象学』の中でこの本のことを取り上げて論じています。(中略)あの本は僕にとっても日本人のシャドーを考えるためにすごく役に立ちましたね」

私はあの映画を当時みたのですが、ここに書かれていたようなことはまったく読み取れていませんでした。いや、大島渚監督の解釈で少しちがってはいたかもしれないのですが、私はもう一度しっかりこの映画がみてみたく、
いや、原作(もちろん日本語ですが・・)を読んでみたいと強く思いました。


河合隼雄氏といえば、箱庭療法がいまでは有名ですが、そのこともこのスイスでの留学中に学びました。この方法は日本人向きの療法だと感じ帰国後自身の心理療法にとりいれていきます。

また、精神の病に冒されたロシアの天才バレエダンサー、ニジンスキーを最後まで支えたニジンスキー夫人との出会いがあり、隼雄氏は多くのことを学んだといいます。(私はこのエピソードでニジンスキーが精神の病に冒されたことを知りました。このことについてもとても知りたくなりました)

隼雄氏はこのスイス留学の3年間(1962年~1965年・34歳から37歳)の中で
西洋と東洋双方にわたる多数のクライエントを分析し、数えきれないほど多くの人と出会いました。

そして隼雄氏は資格試験に合格します。
それは最短期間の記録でした。


さて、コンステレーションの話に戻りたいと思います。

スイスでの留学を終え日本に帰る1965年、ちょうどこの時マイヤー博士が60歳になる年で、弟子が皆論文を書いてお祝いをしました。
その時あのクロッパー氏もシュピーゲルマン氏も論文をかいて、マイヤー博士についてとてもおもしろいことを書いていたといいます。

心理療法士は来られた人に対して時には忠告をしたり私はこう思うというような反射をすることもある、そのようにいろんな仕事をしているけれどもマイヤー博士はもっと特別なことをしているというのです。
そこには「コンステレートしている」と書かれていました。

どういうことかというと、
クライエントが来られたらその内容に対してなにか答えを言ってあげるとか解釈してあげるのではなくて、その人が自己実現していけるよう、その過程をコンステレートするのだ。そしてその人が自己実現の過程をコンステレートして自己実現の道を歩む限りにおいて、その人にともについていくのだと書かれていました。

隼雄氏はその時マイヤー博士に分析をしてもらっていた時のことを思い出します。たしかにマイヤー博士はなにもしない。ただ聞いているだけで時々ぱーっとタバコを吸ったり外の景色をみたりぼーっとしている。けれどもマイヤー博士に会っていると自分の心の底の深いものが動きだし今まで考えもしなかったようなことが浮かび上がってくるということを感じるのでした。
それを話し出すとマイヤー氏はうんうんとついてきてくれる。「私が行くのをずっと見ていてくれる」と隼雄氏は言います。

それがマイヤー氏が「コンステレートしていたのだ」と思うのです。
そして自分もそれをやらなくちゃいけないのだと考えていきます。

文章はその後いろいろなエピソードを紹介しているのですが、中でも私は不登校の子供の話が心に強く残りました。

学校に子どもが行かなくなるとおそらく多くの親が「なんでいかないのか」と理由を問いただすかと思います。きっと私もそうしたでしょう。
しかし子どもは実は行きたいくらいなことも多く、前の晩に時間割を揃えたりなどもするのですが、どうにもなにか動けないものがある。でも親にそうやって毎日のように言われるとなにか言わなければと思って先生が怖いなどといったりすると親は学校が問題だと「原因は外にあった」ことでホッとするというような内容があり、ああわかるなあと思ったのです。


また、その後に続く「コンストレートする」とはどういうことかという話もとても興味深いと思いました。

自分の子どもが行かないということについて、「誰が悪い」というのではなくて、「どういうことがコンステレートしているのか。その家に、その社会に、あるいはその個人に」という見方をすることによって、われわれの生き方が変わってくるというのです。

つまり、先ほどのような、先生が怖いといったからじゃあ学校に言いに行って解決しようとするというようなことではないということです。
そのことを隼雄氏はこんな風にかいているのです。
「人間が生きているということは、こんなことではないんです。現象の中に私が入っているんです。私がはいっているということは、全体がお互いに不思議な関係を持っていることだ。」

「私が学校へ行かない子どもに会っていても学校へなかなか行かない。そして何とかかんとかするうちに、とうとう行くようになった。
ただ行かなかった子が行ったというだけではなくて、その背後にある母なるものの意味を感じるとき、私がその人に会っているという事は、私自身にとってもはっきり意味があるわけです。つまり、学校へいっていないというつまらない人を、わたしのような健康な人が何とか引き上げて、学校へつれていってあげるというような意味じゃなくて、中学生としてあなたも日本の母なるものと格闘しているんですか、私もしているんです。格闘のレベルなり、格闘の質なりは違うけれども。そう考えると、私はその人にお会いしていることの意味が非常にはっきりする。この意味が分かるという事は人間にとってすごく大事なことじゃないでしょうか。(中略)こういう考え方は因果的な考え方を補うのです。因果的に物事を考えることは人間にとって非常にだいじなことでして、こういう原因があってこういう結果があるということがわかりますとその現象を私がコントロールできるようになります。(中略)人間は何とかして因果関係を見つけようとします。(中略)
ところが、人間が自分のことを考えたり、他人のことを考えたりするときに因果的に考えすぎると間違いを起こすのではないかと思うんです。」

「親は(因果関係をみつけて)最近の機械のようにボタン一つで子どもを学校に行かせたい。でもこれはできないんです。子どもは生きていますから。命を持っているという事はワンタッチで動かすことはできないし、命を持ったものと命を持ったものが会うということは、関係ができてくるということです。そのときには、全体的なコンステレーションを読むと、「そうだそうすると私はこう生きねばならない」とか「うちの子どもが学校へ行かないという事の意味は、私にとって何を意味するのか」というふうになってきまして、自分が動いていこうということになります。だからコンステレーションを読み取るということは非常に大事なことです。」

「「私は学校に行っていない」ということを言われますね。そうすると、普通の人はすぐに質問して「あなたはいつから行っていませんか」とか「なぜ行っていないんですか」とか尋ねていくわけですね。そうすると話がすっと限定されていくわけです。ところがわれわれはその方が「私は学校へ行っていないんです」と言われても「行ってないんですか」と言うだけで、開いた姿勢で待っているわけです。開いた姿勢で待っているということは、その人が学校へ行っていないという次に、私の父親はこんなことをやっていますと言ってもいいし、なんにも言わなくてもいい。極端な場合は寝てもいいわけです。時々実際に眠る人もあるくらいですね。その人にとっては、そこで休むということがものすごく大事なことだったろうと思いますね。そういうふうな、何事が起ころうと大丈夫というふうに開かれた態度に持っていく。そして、できるだけ開かれた態度でコンステレーションを読めたら読みましょうと思っている。それから読みについていろんなことを知っている。(中略)読みのイメージを私自身がたくさん持っていることが大事ではないでしょうか。そしてそういうものをたくさん持ちながら、その人がどう動いていこうと大丈夫ですというふうにしていると、その人の心の中から深いことがでてくるわけですから(中略)そういうコンステレーションが非常に起こりやすい状況に持っていくということじゃないか」

「そして言ってみると、最もコンステレートしやすい状況というのは、われわれが余計なことをしないという事だと思います。これは簡単なようでものすごく難しいことです。それは困った人を助けようという気持ちがすぐにでてきて、ほんとうは助けられることはないんですけどどうしてもたすけたくなってくるんですね。そうじゃなくて、私が助けるのではない。この人の心の中に何か出来上がってくるんだということがもっとわかれば相当な時でも待てると思うんですが、なかなかそうはいきません。(中略)何もしないというと、本当に何もしないんだと思う人がおりましてちょっと困るんです。何もしないというのは、余計な手をださない。余計な手はだしていないですけれども、心はほんとうにかかわっていくわけです。だから、どなたかが、「私は死にたい」と言われるときには、その死にたいというところに私の心は全面的にかかわっていかなくちゃならない。その死にたいという表現によってこの人はどのようなコンステレーションを表現しようとしているのか。そのようなコンステレーションの中に私はどう生きるのかというふうになっているけれども、「死にたい、それじゃ助けましょう」とか「やめておきないさい」というふうにはすぐにはいかない。私の力の及ぶ限りは、その人の死にたいというほうへついていこうとするわけです。そのときに、私が心から切れてしまって、この人の中に何がコンステレートしているだろうという見方をしても、絶対にこれは通じません。私も含めた全体として何がコンステレートしているか。そしてもしそういうコンステレーションがあるならば、私もその中に生きるということなんです。そういうことをするのが心理療法家の役目であり、それを実際にそうだというのではないけれども、わかりやすい表現をすれば、マイヤーさんのように自己実現の過程をコンステレートするという言い方をしてもいいんじゃないか。そういうことを私もやってみようと考えてきました」



私は今回この文章を読んで、
私はきっとあの一番苦しかった時に河合氏にコンステレートしてもらっていたのだと確信しました。

私の辛さに対し開かれた態度で接してくださり私の心の深いところを揺さぶってくれたのだと。

そして長いこと因果関係を見つけようとしていた自分の呪縛から解き放たれることで「なにかを悪者」にする必要はないのだということを学びました。

私が心のかたまりに安心して行きつけるようついてきてくれていたのだと感じました。



この「コンステレーション」という文章は氏の
「最終講義」にふさわしいと強く感じました。

河合隼雄氏の本を読んでいると、
氏の考え方には常に発見や感動を感じます。
それは、いつも見守ってくれているような安心感と
それに伴うやる気をわきたたせ、

生きていることの感謝を思い起こさせてくれるのだということを
今回また再確認したような思いがいたしました。


《引用元》
日本の最終講義(KADOKAWA)
河合隼雄(別冊太陽)





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