天敵彼女 (6)
昨日は散々だった。
一つ一つの出来事は大したことではなかったが、合わせ技でダメージが入ったんだろう。完全に寝不足だ。
正直、スマホのアラームにスヌーズ機能がなかったらと思うとゾッとした。
俺は、慌てて飛び起きると、二人分の朝食の準備をした。いつもより手抜き料理になったのは言うまでもない。
今日はごめんという俺。ゴミ袋を抱えた父さんが、珍しいなと言いながらいつもの時間に出かけて行った。
それから片づけをして、着替えて、家を出たのは、ここ最近記憶にない時間帯だった。改めて学校選びの際に、立地条件を重視して良かったと思った。
俺は、無事生活指導の教師横を通過。下駄箱に何も入っていないことを確認すると、教室に向かった。
その間、俺は昨日の出来事を振り返った。
謎の女子に校舎裏に呼び出され、佐伯にそれをイジられ、ウザ絡みをくらった。その影響があったのかどうかは分からないが、毒母の嫌な記憶がフラバして、なかなか寝付けなかった。
そして、寝坊。
今に至る。
出来れば今日は平穏無事に過ごしたいと思っていたんだが、俺はまたしても天敵の恐怖を味わうことになった。
朝、教室に着くと強烈な違和感が仕事した。
いつもなら騒がしいはずの教室が静まり返っている。なんだったら、やけに空席が目立っているのに気付いた。
「叶野……ちょっといいか?」
佐伯が珍しく真剣な様子で俺に話しかけてきた。
俺は、もしかしたらこの空席が目立つ惨状に、自分が何か関わっているのかもしれないと思った。
「ああ、どうした?」
「ここじゃなんだから」
「分かった」
それから俺達は、空き教室に向かった。廊下ですれ違う女子達が、俺を泣き出しそうな顔で見つめている気がしたが、訳が分からないいつものやつだとしか思わなかった。
「わざわざこんな……大袈裟じゃないか?」
「いいから早く入れっ!」
「あ、ああ……」
佐伯は、空き教室に入るとすぐに内側から鍵を閉めた。一体、何の話だと思っていると、唐突に詰問口調で切り出した。
「お前、昨日の子に何て断ったの?」
佐伯は、かなり不機嫌そうだった。
どうやら昨日告白してきた子に対する俺の対応に問題があったと言いたいらしい。
俺は、全く心当たりがなかった。どうして、ちょっと責められている感じなのかとムッとした。
「別に、いつも通りだよ」
「第三者に分かるように言えよ! いつも通りじゃ分からないから、会話内容を具体的に!」
「具体的って?」
「具体的は具体的だよ。そんな事も分かんねぇの?」
佐伯の圧が強い。
俺は、そんなにまずい事をやらかしたのかと少しだけ不安になった。
「俺、もしかして何かした?」
佐伯は、ああ駄目だと言わんばかりに両手を広げた。
それからは、アホの子にも分かるように、佐伯は丁寧に丁寧に説明し始めた。その態度がムカついたことは言うまでもない。
「現時点では、まだ原因は分からない。だから、昨日のお前とその子のやり取りを出来るだけ詳しく教えて欲しい。多分、お前は気付かない内に地雷を踏みぬいているはずだ。常人には理解できないレベルで!」
「いや、さすがにそれは」
「もう吹っ飛んでるんだよ、地雷!」
「そうなの?」
「残念ながらそうだよ。諦めろ」
佐伯の圧がさらに増した。
俺達はしばらく睨みあった。
「あ、ああ、分かったよ」
俺は、しぶしぶ納得することにした。
極めてムカつく言い草だが、原因不明の怪現象について知りたいのは俺も佐伯と同じだったからだ。
「まず、その子とどういうやり取りしたんだ? 最初から教えてくれ」
「いつも通りだよ。付き合ってくださいって言ってきた」
「それでお前はどう答えたんだ?」
「だから、ごめんねって」
「それで相手は?」
「だれか好きな人いるんですかって聞いてきた」
「どう答えたの?」
「うん、そうって」
佐伯は絶句した。さっきまでの矢継ぎ早な質問が嘘のように黙り込み、何か考え込んでいるようだった。
当然、俺には何が問題なのかさっぱり分からない。
頭を抱える佐伯に、俺は訊ねた。
「どうしたんだよ? 何か問題でもあるのか?」
佐伯の大きなため息。
俺は、そろそろ切れていいか考え始めていた。
「問題だらけだよ。お前って本当にアレだよな……」
佐伯は徐にスマホを取り出した。画面を指さし俺に見るよう促した。
俺は、その内容に目を通すと完全にフリーズした。
それは、SNS上に作成されたファンの集いのようなものだった。ある人物について、情報を交換するためのグループチャット的なもののようだが、その内容が俺にとって余りにクリティカル過ぎた。
「こここ、これ、なっ、何で?」
「知らなかったの? お前のファンサイト……」
「し、知る訳ないだろう! こ、こんなの」
俺は、頭を抱えた。昨日、呼び出し告白を受けた女子らしき書き込みを、佐伯が指差す。どうやらそれが事の発端のようだった。
(振られた。叶野様、好きな人いるんだって)
(えええええええええええっえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ)
(あびゃびゃびゃびゃびゃびゃあああああああああああああああ)
(ショック過ぎてタヒにたい)
(明日、学校休む)
(私も)
(正直、転校を考えてる)
(むしろ、人間やめたい)
(もうだめだ)
(オワタ)
もう嫌だ。頭がじんじんする。
確かに、好きな人いるんですかというあの子に質問に、「うん、そう」と答えたかもしれない。
いないと答えたら、私じゃダメですかとウザ絡みされ、面倒なことになりそうだったから……。
でも、それがどうして関係ない女子にまで伝わって、こんなことになるんだ?
天敵だ。
やっぱり天敵だ。
ちょっとしたミスすら許されない存在に俺は取り囲まれている。
俺は、ため息をついた。
「今日は、大人しくしてろよ」
佐伯は、そう言い残すと呆然とする俺を残し去って行った。
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