天敵彼女 (31)
「お前ら、もう分かってると思うが、今日から転校して来る二人を紹介するからちょっと待ってなさい」
担任は、そう言うと一度教室から出て、奏達を連れて戻って来た。
「いいぞ。入りなさい」
「はいっ」
いきなり教室がざわつく。
入室したのは、奏が先で都陽という子が後だった。
昔からそうだったが、奏はこういう時驚くほど肝が据わっている。そういう意味で、隣でおどおどしている都陽という子とは対照的だった。
「これから一人ずつ自己紹介してもらう。まず八木崎から」
「はい」
担任に促され、奏が教壇に立った。テンプレ通り転校生が自分の名前を板書する例の奴が始まるのかと思ったが、振り返った奏を担任が制した。
結局、奏達の名前を書いたのは担任だった。奏はともかく都陽という子にとっては、これでよかったと思う。
都陽という子がみんなに見える位置に名前を書こうとしたら、踏み台が必要になるだろうから……。
俺は、担任の意外な気遣いに驚きつつ、ぼっち席で事の成り行きを見守った。
何だか不思議な感じだった。未だに、奏と同じクラスになったのが信じられなかった。
クラスの奴らはまだ騒いでいる。余程、奏達が物珍しいらしい。
「いつまで騒いでるんだ? 静かにしなさいっ!」
担任の一喝。ようやく教室が静かになった。
俺は、早くも先行きが不安になっていたが、何とかなるさと自分に言い聞かせた。
一瞬、奏がこちらを見たような気がした。都陽という子は、ずっと下を見て縮こまっている。
「じゃあ、八木崎、簡単な自己紹介を頼む」
「はい」
司会者役の担任に促され、ようやく転校生イベントが始まった。
「はじめまして。秀麗女子高校から転校してきた八木崎奏です」
奏の声が教室内に響いた。
また教室が騒がしくなったが、正直俺には何も耳に入らなかった。
これからどうしよう。果たしてうまくやれるだろうか? 頭の中はそんな事で一杯だった。
佐伯は、意外な程大人しかった。でも、今はあいつの事はどうでもいい。
俺は、頬杖をつき、窓の外を見た。
その後、担任から奏達の転校理由について、極めてぼやかした説明があった。
「八木崎と早坂は、家庭の事情でうちに転校してくることになった。詳細は、割愛する。その件については、叶野が面倒をみることになっているから、出来る範囲でお前達も協力してやって欲しい。じゃあ、八木崎、早坂、席に着きなさい。一番後ろに空いている席があるから、そこに座るように」
「はい」「はい(高音)」
奏と都陽という子が、教壇からこちらに向かって歩いてきた。
俺は、何だか照れくさくなり、二人を見ることが出来なかった。
「峻、これからよろしく」
隣の席に座った奏が俺に囁きかけた。
「うん、よろしく」
奏に返事した後、都陽という子にも何か言おうと思ったがやめた。
俺は、すぐに前を向いた。
それからは、いつも通りの朝のホームルームだった。
時々、佐伯がいやらしい目つきでこちらをチラ見してきたが、これは織り込み済みだ。
後で、〇す……俺は、密かに拳を握りしめた。
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