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天敵彼女 (30)

「重ぉい、半分持ってぇ」

「やめろ!」

「叶野君なら大丈夫だよぉ」

「うるさい。黙って運べ!」

「いつからそんな人になっちゃったの? 私は過去の女なのね、ぴえん」

 俺は、これ以上相手にしない事にした。

 担任の前で佐伯をしめる訳にはいかないし、女子の前で余り暴力的な事をするのも良くない。

 特に、都陽という子を怖がらせてしまう可能性がある以上、この場は自重せざるを得ない。

 万一、あの子に泣かれると、俺は学校中の生徒に転校生を泣かせた男として認知されてしまうだろう。

 あの甲高い声には、非常ベル並みの伝播力があって、サウンドボム的な火力を秘めている。

 俺は、こんな事で目立ちたくない。だから、佐伯は本当にムカつくが、今は自分の心を殺すしかない。

 例え、俺が運んでいる机のフックに、シレッと佐伯の鞄が掛かっていても、さっきから調子に乗って机の角で俺の腰の辺りをつついてきていても、
俺は決して反応しないよう心掛けた。

 だんだん額に血流が集まり、そろそろ血管が破裂しそうだが、それでも俺は耐えた。

 もう少しで教室だ。担任が奏達に少し待っておくように言った。そこは、教室から死角になっている。

 既に、かなりの生徒が奏達を目撃したのかもしれないが、それでも転校生の初登校を担任なりに演出したかったのだろう。

 それはそれで微笑ましい事だ。思わず表情を緩める俺の腰をちょっときつめの衝撃が襲った。

 要は、佐伯のちょっかいがまだ続いているという事だ。相変わらずウザい。ウザすぎる。担任は、見て見ぬふりだ。

 もう都陽という子はいない。二人が死角にいる内に佐伯を死確にしてやろうか?

 そんな事を考えていると、ようやく教室に着いた。

 担任が教室の後ろのドアを開けてくれたので、俺と佐伯はそこから中に入った。

 クラスの連中が俺達の様子を興味深げに伺い、あれこれ言っている。

 ここは空気が薄い。早く自分の席に戻りたくなっていた俺は担任に目で訴えた。

「ああ、すまん、机を持ったままだったな。早く置かないと重いよな? うーん、どうしたものか……」

 担任は、慌てて教室を見回した。

 俺は、どこになるんだろうと思って見守っていたが、担任はほとんどその場から動かなかった。

 どうやら、俺と佐伯の両腕が乳酸でパンパンにならないよう、なるべく時間がかからないようにしてくれたようだ。

 他の生徒が席を移動しなくてよくて、なるべくここから近い場所。

 ちなみに、俺達は教室の後ろから入って来た。

 当然、一番後ろの席が一番近い。

「よし、じゃあここにしよう」

 担任が動き出し、すぐに立ち止まった。

 そこは、窓際最後尾に突出し、隣に誰もいない通称ぼっち席。当然、そこにはフリーなスペースがある。

「ここ隣に誰もいないから、机を横に並べてくれ」

「はい」

 俺は、素早く担任の指示通りに動いた。

 佐伯は、少し遅れて俺の後ろに続いた。こういう時に、机一個分移動距離を削ってくるのが、いかにもこいつらしい。

 たった一メートル今更変わらないだろうに……俺は、佐伯のセコさに内心呆れながらも、担任に確認した。

「これで、いいですか?」

「いいぞ。自分の席につきなさい。お疲れ様」

 やっと終わった。俺は、自分の席に帰ろうとしたが、何故か佐伯が俺の前に立ちはだかった。

 そう言えば、こいつがぼっち席だった。

「えぇ、もう帰っちゃうの?」

「どけよ。自分の席に帰るんだから」

「ええ、俺を置いていくの?」

「もちろん、俺の席はあっちだから。お前は、帰らなくていいんでうらやましいよ。今日からしばらく注目の的だな。席決めの後、一人が寂しいって言ってたから良かったな? もう寂しくないぞ」

 俺は、佐伯に嫌みをかました。

 机を運んでいる間、ずっとウザ絡みされた事へのせめてもの仕返しだ。

 転校生の隣は大変だぞ。可哀そうに……そんな憐みの視線を向ける俺に、悪魔が囁いた。

「やっぱり家族は一緒にいないとね」

 佐伯が黒い笑みを浮かべた。

「な、な?」

 何故か、俺を押しのけようとする佐伯。こいつ変な趣味でもあるのかと思っていると、佐伯が腕を伸ばし屈みこんだ。

「鞄ありがとうね」

 それは、俺が運んだ机にかかったままになっていた佐伯の鞄だった。

 どんだけ面倒な奴なんだと思っていると、佐伯は大袈裟に手を挙げた。

「先生、俺最近目が悪くなってきたんで、もう少し前の席がいいです。丁度いい感じの場所に叶野君の席があって、叶野君は転校生ちゃんの隣がいいそうなんで、俺と席変わっていいですか?」

 血相を変える俺。慌てて否定しようとしたが、佐伯が俺の声をかき消すように変な歌を歌い始めた。

「いいじゃん。いいじゃん。家族同然の転校生ちゃんと一緒がいいじゃん」

 クラスの奴らが笑っている。担任は時計を気にしていた。もう始業のチャイムが鳴る頃だ。すぐにでも、担任は奏達を迎えに行かないといけない。

 や、やられた。こんなタイミングでぶっこんで来るとは……呆然と立ち尽くす俺の耳に、担任の非情の通告が届いた。

「叶野、佐伯と席替われ。お前が八木崎達の面倒をみてやるんだぞ」

 オ、オワタ……俺は、とぼとぼと旧ぼっち席に向かった。

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