「時間の謎」について(2)で抜けていたポール・リクールの時間論について追記します。
ポール・リクールは『時間と物語』第四部においてフッサールの現象学の時間論について、下記の通り批評している。
フッサールの時間論が遂行しているのは、時間についての形而上学的探求ではないことを、リクールは理解していない、と竹田は厳しい批判をする。
フッサールは、次のように答えている。
りんご、机、椅子のような事物と同じように、時間も現象学的還元して、内省による本質観取するということになる。
時間とは何かという問いを形而上学的本体論から切り離せないかぎり、フッサールの洞察の意義は理解されえない、と竹田は主張する。
ポール・リクールは、放送大学「現代フランス哲学に学ぶ」という講義で初めて知った。かなり、難解で、ほとんど理解できていなかったが、竹田の説では、リクールがフッサールを理解をしていないとなる。恐れ入りました、としか言いようがない。