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科学 の 一つ「 カオス 理論」 は、 コンピュータ の 発達 によって はじめて その 素顔 を 私 たち の 前 に 現し た。

佐々木閑著『仏教は宇宙をどうみたか:アビダルマ仏教の科学的世界観』に基づき、カオス理論、『 倶舎論』 の 時間 論を学びました。

カオス 理論とは


「私たち自身、つまり生命体は生命体特定の不変なコアを中心にして成り立っているのではない。すべては変容し続ける要素の集合体である。それらの要素が互いに影響を与え合い、自分が与えた影響によって相手が変容すると、相手が変容したことで今度は自分に影響が戻ってくる、といった「無限の影響力の応酬」の結果としてなんとなく一つのまとまった姿を取る、そういう存在である。

こう いっ た 系 では、 要素 の 一部 に ほんの わずか な、 それ こそ 目 に 見え ない よう な 微少 な 変移 が 加え られ ても、 その 影響力 が 必ず 系 の全体 に 効い て くる。 その 変移、 最初 は 全く 目立た ない か たち で 誰 からも 気づか れ ず に 保持 さ れ て いる が、 時 が たつ と その 効果 が 効い てきて、やがて爆発的な変化を生み出す。少しずつ影響が見えてくるというのではなく、ある時突然に作用するのである」というものである。

この 現象 が 正しく 数学 的 に 論証 さ れ た のは ほんの 数 十年 前 の こと。 膨大 な 計算 を こなす コンピュータが発達してきてはじめてわかったことである。

それまでの多くの人たちは、「巨大な系の中に外部からほんのわずかな変移が加えられたとしても、系そのものの大筋はなにも変わらないはずだ。そんな微小な変化は、ほかの様々な動きの中で薄まっていっていずれ消えてしまう。微小な変移など無視しても構わないのだ」と考えていた。

これが間違いということである。

かといって、ブラジルの一匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こす、いわゆるバタフライ・エフェクトが正しいというわけではない。

以下は、ウキペディアより引用した。
バタフライ効果の語源となったとされる講演で、「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす」という現象が本当に起こるかどうかについての直接の答えは、ローレンツ自身も示していない。講演の最後に

「大気の不安定性について我々は確信を深めつつあるが、最初の問い掛けには、あともう数年は答えないままにしておくしかないだろう。」と述べた上で、

「一方、今日の天気予報の誤りを、気象パターンの微小な構造のせいにするようなことはできない。もっと大まかな構造ですら不完全にしか観測できないこと、関連する物理的原理について未だに不完全な知識しか持ち合わせていないこと、それらの原理を人間やコンピュータが予報に使うために定式化の際にどうしても近似が必要になること、これらが予報の誤りの主原因である。これらの欠陥を完全に取り除くことはできないが、観測システムの拡張や研究の強化によって大幅な改善はできるだろう。」

と、バタフライ効果の有る無しの結論以前に予報精度向上のためにすべき点に触れて、ローレンツは講演を締めくくっている。(引用終わり)


世親による時間論の前に、『 倶舎論』の三世実有説を説明する。

『 倶舎論』の三世実有説とは


「過去、未来、現在の一切の法は実在している」

三世 実有 説 は『 倶舎論』 の 時間 論 の 土台 と なる。

映写機に譬えて、『 倶舎論』 の 時間 論を説明すると、

「映画のフイルムというという もの は、 一 コマ 一 コマ の 写真 が 連続 し て 繋がっ て でき て いる。 したがって、 それ が 上 の リール から 下 の リール へ 流れ て いくということは、ランプの前をそれらの写真が一コマずつ通り過ぎていくということである。通り過ぎていく瞬間だけ、そのコマはランプの 光 に 照らさ れ て、 その 映像 を スクリーン に 映し出す。 映し 終わっ たら たちまち 下 へと 過ぎ去り、 映像 は 消える が、 直ぐ あと には次のコマがやってきて、今度はその映像がスクリーン上に現れる。」

「映画の場合、コマの進む 早 さは 一 秒 間 に 24コマ、 つまり 一 コマ が 約 100 分の 4秒 だ が、 これ が『 倶舎論』 で 言う ところ の 一刹那 に あたる。」ということである。

映写機の上のリールは未来で、ランプを照らした時点が、現在で、下のリールが過去であるということである。しかしながら、未来は、上のリールのように、決定されたものではなく、例えば、リールを袋にして全画像を詰めて、各画像をランダムに下に送るようなイメージにすれば、未来は未規定とできる。

世親による時間論


『 倶舎論』 の 作者 世親 は、 表面 上 は 本流 の 正統 説 を 紹介 する よう な 風 を 装い ながら、 時折、 経 部 という 自分が属する学派の主張を織り交ぜている、ということを指摘した。

実は時間論に関しても、世親は本心では「三世実有説」を認めていない。世親は「過去も未来も存在しない」と考える。


「三世 実有 説 」に反対している世親の時間論では、映写機の譬えは使えない。

世親 が 考え て いる イメージ に 従え ば、 今 現在 の 時点 で、 この世 は 諸 要素 の 集まり として 存在 し、それ は 一刹那 で 完全 に 消滅 する。 しかし その 存在 し た 刹那 の 要素 の 状況 が なんらかの 影響力 を 残留 さ せ、 それ が 次 の 刹那 の 新た な 諸 要素を創成し世界をつくる。このプロセスの連続が時間の流れになるというものである。したがって微小な変化として構成要素の集合体内部 に 含み 込ま れ た 業 の 影響力 も、 この プロセス を通して 保持 さ れ て いく。 刹那 から 刹那 へと、 誰 にも 見つかる こと なく、 系 全体 に 遍満するかたちで、そしていかなる外力によっても減衰することなく、この力は確実に伝達されていくのである。

過去や未来をの実在を想定 し なく ても、 善悪 の 行為 により、 現在 の 生命体 の 中 に 微少 な 変移 が 生まれ、 それ が 次々 と 伝達 さ れ、 ある 特定 の 条件 が 揃った 時点 で 巨大 な 変容 を 引き起こし、 しかも それ が、 お おもと の 原因 とは 全く スケール の 違う、 似 ても 似つか ぬ 姿 を とる の だ と 考えれ ば業理論は説明可能となる。

私という存在は今現在の時点で、無数の要素の集合体として実在している。その要素の関係 性 の 中 には、 過去 幾多 の 生まれ変わり 死 に 変わり の 間 に 私 が 行なっ て き た 善行、 悪行 の 微細 な 変化 が 山 の よう に 蓄積 さ れ て いる。それら は 普段 の 状況 において は 微細 な まま で 保持 さ れ て いる ので 表 には 現れ ない。 しかし、 この世 の 様々 な 状況 変化 の 中 で、 たまたま条件 が 揃っ て、 その 変化 が 大 異変 の 引き金 として 作用 する よう な 事態 に 立ち至る と、 表舞台 に 出 て とてつもない 作用 を 引き起こすので ある。

このような世親の考え方は、科学のカオス理論に類似していると、佐々木閑氏は主張している。





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