高架下の焼きそば
高架下の立ち食い蕎麦屋には、いつもドラマがある。
この日の店員さんの構成は、
・メガネ
・福建省出身
・リーダー格の男、
・不器用な女子、
・初老の寡黙男
・コックコート
狭い店内なのに、店員の数は多い。
それだけ繁盛店ということだ。
蒸し暑いカウンターの中、
焼そばを作っているのは福建省出身の中国人青年。
その横でリーダー格の男が唐突に大きな声で、
「福建省出身者には、俺の気持ちは分からねぇんだろうな~」
と言い始めた。
お客たちは全く意に介せず、黙々と目の前のものを胃袋に押し込んでいる。
カウンターを挟んで客席側では、不器用な女子が箸箱の箸を詰換えようとして、ごっそり丸ごと地面に落としてしまった。
すると、リーダーはカウンターごしに、
「あ~あ~、もうなにやってんのよ!」
と、怒るでもなくヘラヘラしながら、女子に話しかけ始めた。
「◯◯ちゃんさー、テレビとか見んの?」
不器用な女子は、とくに返事もせずに、しばらく沈黙していた。
恐らくいつもこんな感じのやりとりがあるのだろう。
「テ・レ・ビは見るんですか~!?」
と、何度もしつこく聞かれて、
彼女はボソッとつぶやいた。
「どだば」
これには福建省も焼そばの手を止め、
「イマノ ナンデスカ!?」
という顔をした。
そしてリーダーは、
「いまなんつった?」
と聞き返した。
「どだばとがびばす」
リーダーは理解出来たようで、
「あ~、ドラマね! はいはい、ドラマ見んの? へ~意外だね」
いったい彼女はどこの国の出身なのか?
または、日本だとしても、奇祭とかが残る地域の出身者なのだろうか。
私は気になってしまい、焼きそばどころではなくなってきた。
どのような「どだば」を見ているのか、彼女は答えようとはしなかったが、男はさらに聞く。
「ハンリュウでしょ?ハンリュウ」
「・・・・・」。
「ハンリュウみてんでしょ?」
彼女は眼鏡の向こうに不敵な笑みを浮かべながら、
「ひだでぃべたんでい」
と答えた。
なんだか認識できなかったのだが、 韓流ではないドラマのようだった。
その後で「ひだでぃべたんでい」が、
「左目探偵」
であると理解出来たのは、福建省のおかげだった。
そのドラマ、「左目探偵EYE」(ひだりめたんてい・あい)とは、Hey! Say! JUMPの山田涼介主演で日本テレビ系列で放送された番組である。
福建省は番宣でやっていた、左目のところを手で覆って「左目探偵EYE!」とやる仕草を覚えていて、それを真似てくれたのだ。
それを見た不器用女子は、少し笑みを浮かべ、かるく頷いた。
ここから話が盛り上がるのかと思いきや、リーダーは福建省に対し、
「おい、そば、もういいんじゃねーのか?」
と、冷たく指示を出した。何か癇に障ったのかもしれない。
福建省は茹で上がった麺を釜揚げして、何事も無かったように流水でしめ始めた。そして不器用女子は、また黙って箸の詰替え作業に戻った。
そんな出来事のすぐ後に、
コックコートを着た老人が客として店に入ってきた。
近所にある飲食店の料理人なのだろう。
「焼そば二人前、生姜と海苔、多めな。持って帰る」
と福建省に注文した。
「ハイー! オミヤゲヤキソバー! ニニンマエー!」
6人も居るのに、誰も返事をしなかった。
コックコートはカウンターに両肘をつき、
厨房を覗き込むように身を乗り出し、
「生姜と海苔、多めな、たっぷりな、」
「ハイ、ショウガ ノリ オオメー!」
しかし、誰も返事をしなっかった。
コックコートは、今度はリーダーを見ながら、
「生姜と海苔、多めな?」
と、三回目の注文をつけた。
リーダーはチラッとコックコートの方を見て、鼻で笑った。
透明容器に焼そばを盛り、青海苔を振り、もはや焼そばは見えない。
容器の端っこには、真っ赤な紅生姜を山盛りにした。
リーダーはコックコートにパックリと開けた容器の中身を確認させて、輪ゴムでパチンと閉じた。
そして、ビニールの手提げ袋に二人前の焼そばを詰め、
「箸、いる?」
「どうやって食うんだよぉ?」
「店、持って帰んでしょ?」
「そうだけどよぉ」
あとは何も言わずに、箸も入れずに袋を渡した。
コックコートが店を出ると、リーダーは今度は福建省の顔をチラッと見て鼻で笑い、小さく「チッ」と言った。
どういう意味の「チッ」だったのだろうか。
その店は有楽町駅の高架下、ビックカメラの斜向かいにある店、後楽そば。
これが表題の件である。
立ち食い蕎麦屋なのに、ウリにしているのは「焼そば」である。
なんてことはない、お祭り屋台のような「ソース焼そば」なのだが、有楽町に行ったついでには、つい食べてしまう。
麺は太めなのに軽い。
具はキャベツとモヤシと豚肉。
そしてスープがついてくる。
基本的に立ち食い蕎麦のお店なので、コロッケが食べたければ注文すれば良いし、稲荷寿司もある。
しかし、そんなものは頼まずに、焼きそばの並を注文して、サッと食ってサッと立ち去るのがオススメである。
と、ここまで書いて連絡先情報を調べていたところ、
なんと平成28年5月28日に閉店してしまったらしい。
つい先月も食べたばかりだったのに。
こうしてある日突然、何も言わずに大好きだったアイツは姿を消してしまう。大昔に秋葉原駅に隣接していた生姜風味の効いたラーメン屋「いすず」も、忽然と姿を消してしまった。
好きなものは思い残すことなく食べておくべきだと思った次第である。
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