【読書】気候カジノ 経済学から見た地球温暖化問題の最適解

イェール大学の経済学者ウィリアム・ノードハウス氏による、気候変動問題を科学、経済、政策の観点から考察した一冊。2015年に日本語訳刊行。

著者は気候変動問題を長期的マクロ経済分析に統合した功績により2018年にノーベル経済学賞を受賞しています。

本書の要旨は以下の通りです。

◼️人為的理由による地球温暖化が確実に進行しており、経済に大きな影響を及ぼすことが予測される。ただし、その影響については様々な不確実性が含まれるため予測モデル間の差異が大きい。

◼️地球温暖化の進行を低コストで緩和する政策としては、炭素税あるいはキャップアンドトレード方式による炭素価格の引き上げが効果的。

◼️すべての国が二酸化炭素の排出削減に参加する必要があり、不参加国にはペナルティをかけるなどの措置が必要。

気候変動問題をいかに経済合理的に緩和するか、という観点でその実行方法を模索する中で本書を手に取りました。

結論から言うと、本書では「炭素価格を引き上げるべき」という政策的なアプローチが唱えられており、いち経済主体として自分に何ができるかという個人的な興味からはややずれました。(ですが、経済学者である著者のアプローチはそれはそれで読んでいて大変に面白かったです。)

本書の内容と自分の実感が乖離していたのが、低炭素イノベーションへの民間投資が抑制されていると言う文脈の中で、二酸化炭素の排出に価格(コスト)が設定されていない状況で積極的に投資するインセンティブがない、という論点です。

僕が従事する物流業界では往々にして物流効率化が低炭素化にも繋がりますし(輸送効率向上、モーダルシフトなど)、低コスト=低エネルギー消費=低炭素という図式は大体の産業で成り立つように思います。エネルギー転換部門ではたしかに著者の言う通りかも知れませんが、最近ではESG投資が注目を浴びていますし、産業界にインセンティブがないわけではないと思います。と信じたいです。

以下はメモです。

□気候変動問題の外部性
温暖化問題には地球規模の外部性が存在する。すなわち、二酸化炭素を排出した人がその権限と引き換えに対価を支払うことも、被害を受けた人が代償を受けることもない。そして、規制のない市場は負の外部性にうまく対処できないため、市場で生じた歪みを市場が自動的に解決することはない。
※外部性とは:第三者に損害を与える、経済活動の副産物のこと。経済的取引は、しばしばそれ以外の第三者にも影響を与える。このような社会費用(これは費用を生み出す経済的取引の外部にいる者に影響を与えるので、外部性と呼ばれる)は市場メカニズムによるコントロールを受けない。

□気候変動の緩和について
国際社会が効率的な対策を、適切なタイミングと、ほぼすべての国による参加のもとで実施できれば、気候変動の抑制は比較的低いコストで達成することができる。技術開発の促進や、二酸化炭素の排出削減に向けた最も効果的なインセンティブは、高水準の炭素価格の設定である。具体的な手法としてはキャップアンドトレード方式と炭素税がある。
※炭素価格とは:経済活動や生活において発生する二酸化炭素につけられる価格(=コスト)のこと。炭素価格が表示されることで、市場における外部性の過小評価の是正につながる。アメリカ政府の報告書は、2015年時点で二酸化炭素1トンあたり約25ドルという最良最低値を提示した。ただし、今後の二酸化炭素排出量の急速な増加を抑え込むためには、炭素価格は年5%前後の急上昇が見込まれる。2020年現在で1トンあたり約32ドルという計算になる。

□炭素価格引き上げの効果
①炭素価格は消費者に対し、二酸化炭素排出量の多い財やサービスが何であり、それらの利用を極力控えるべきであるというシグナルを送る。
②炭素価格は生産者に対し、どの原材料が多くの二酸化炭素を排出し、どの原材料が比較的少ない、あるいは全く排出しないないというシグナルを送り、それによって企業を低炭素技術へと誘導する。
③炭素価格は発明家やイノベーター、投資銀行家たちに対し、先進的低炭素技術を使った製品やプロセスを発明、開発、導入したり、そうしたものに投資したりするよう、市場インセンティブを与える。
④炭素価格は、こうした判断を下す上で必要な情報量を減らしてくれる。

□国際的な協調について
気候変動問題に対処するためには、すべての国に対して二酸化炭素排出削減への参加を促し、ただ乗りを抑制する効果的な仕組みが必要である。ただ乗りを抑制する最も確実なアプローチは、不参加国の財やサービスに関税をかけることである。

□気候変動問題の不確実性
重大な地球物理学的変化とその影響を、経済モデルに確実に組み込むことは非常に難しく、気候変動問題には様々な不確実性が存在する。
→そのため、気候変動問題への対処を本書は「気候カジノ」と表現しているようです。以下の記述は、ノーベル経済学賞を受賞した著者からの懺悔のようにも読めます。

『(気候変動問題の)最も厄介な影響は、市場から、つまり人間による管理から遠く離れたところに存在する。この点は、人類・自然遺産、生態系、海洋酸性化、生物種などに特に当てはまる。こうした損失を経済学的に評価しようとすると、影響を推定することの難しさと、信頼に足る影響評価手法の欠如という、二重の壁に直面する。経済学は、最も必要とされているところで最も力を発揮できていない。』

□補助金と規制について
経済分析によると、二酸化炭素を削減するあるいは排出しない活動に補助金を支給する(エコカー減税など?)よりも、二酸化炭素の排出にペナルティを科すほうがはるかに効果的である。

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